29. フィリピン再々挑戦!

2月にフィリピンを再訪したところ、あいにくの荒天続きで、満足なサンプリングができませんでした。さいわいにも関係予算が渡航ぎりぎりに残っていたので、また訪れることにしました。

 

今回は前回とは異なり、とてもスムーズに入国でき、到着したその日のうちにサンプリングを概ね完了して、翌日は政府の水産研究施設で解剖とDNA分析用の組織平衡石の採取をおこないました。ちょうど地元の大学生が研修に来ていたので、作業をしながらイカの初歩的な知識と研究方法を説明しました。5人とも熱心に見学してくれて、積極的に質問をしてくれました。ちょっと驚いたのは、魚類の知識は十分にあるのに、イカに関する知識は少なく、解剖したこともなかったということでした。もちろん、料理はしたことがあるようでしたが。

 

ところで、前回と同様に、今回採集したイカ類も沿岸漁業者によって漁獲されたものでした。詳しくきいたところ、フィリピンの沿岸零細漁業者は、バンカボートという両舷にアウトリガーを備えた船を漁船として使っているということでした。多くの漁船は船外機を備えていますが、沖での漁業には適していません。なので、イカ類はたいてい夜のごく沿岸で、夜懐中電灯のようなもので集魚しながら、網ですくい取ります。網はまさに「たも網」で、これで海面に浮上してきたイカをすくうのですね。もちろん、水温が高いためイカは小さく(水温が高いと早期に成熟し、産卵して死んでしまいます)、単価は高くありません。しかし、コストをかけた漁業ではないし、漁獲したものはほぼ確実に地元で消費されるので、安定した収入源なのでしょう。話をきく限り、イカはウジャウジャ集まってくるようです。しかし、前回のブログでもお話ししたとおり、水産資源にインパクトを与えている印象はほとんどありません。人工衛星夜間画像(サンプリングをした日)を見ても、ルソン島周辺の海域に集魚灯はまったく確認できませんでした。周辺の他国に比べると、ごくごく小規模なのです。

フィリピン北部の典型的な小型漁船(上)、イカすくい網(中、下)

 

2023年5月22日の東・南シナ海、フィリピン海周辺の人工衛星夜間画像(EOSDISWorldview)

 

ということで、フィリピンの水産研究者がイカをあえて対象種にしないのは、当たり前のようにも思えます。イカは沿岸海域にウジャウジャいて、しかも商業的価値が小さい。少なくともフィリピン列島の東側(太平洋側)には、水産資源を脅かすような他国からの脅威もない(列島西側の南シナ海は別)。なので、ほとんどの研究者は養殖業などのアクアカルチャーをやっているようです。

ただ、イカ男のような水産資源を研究している者には、お宝がウジャウジャ泳いでいるなあ、もったいないなあ、という気持ちにさせる無視しがたい海です。イカの種類も、他の海域で確認された種の外部形態と角質環の形状をもとに、暫定的に調べられているにすぎないようです。きちんと遺伝子分析すれば、新種がでてくる可能性は高いでしょう。また、日本で主に国や地方自治体の研究機関が行っているような種ごと場所ごと時期ごとのサイズや量の変化に関する継続的調査も行われていません。つまり、小さいイカは単に小さいイカで、今のところ問題なく獲れているので、特に関心はないというわけです。

しかし、フィリピン沿岸(特にフィリピン海)から海流によって拡散していく先の水産関係者にとって、供給元の状況把握は重要です。黒潮や対馬暖流系の水産資源を利用している関係機関は費用を負担しても調査研究にコミットするべきだと考えます。それは食の(軍事としても)安全保障につながる施策になるはずです。

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