12. お金は金ではない!
確定申告の時期になりました。公務員や会社員の方はどうってことないですが、自営業や自由業の方は準備で忙しいかとおもいます。最近は電子申請ができるようになったので、うまく扱えるひとは待ち時間がなくなったぶん、いくらか楽になったのかもしれません。
さて、納税は、日本国憲法第30条によって国民の義務と定められており、決められた額以上の所得があれば、所得税を納めなければなりません。また、間接税については、たとえ所得がなくても、日本国籍がなくても、結果的に払うことになってしまいます。大和朝廷の時代から租庸調などといった税があり、それをもとに儀式や行政が運営され、公共事業が行われていたので、直観的には税が国家の財源になるのは自明であるようにおもえます。ただし、昔は物品や労働などでしたが、近代では貨幣、具体的には日本円になりました。どんなに価値があっても金やダイヤモンド、米ドルでは納税できません。この理由のひとつは、日本中に貨幣として円を流通させるためです。日本独自の、日本が主体的に管理できる経済圏を確立させるためですね。もし米ドルでも納税が可能になったら、しだいにドルが通貨として置き換わり、いずれ米国の経済圏に飲み込まれてしまうでしょう。ユーロを共通貨幣として導入したヨーロッパ諸国では自国経済を単独では管理できないため、最悪の場合はギリシャのように財政が破綻する国がでてきます。
逆に国によって貨幣が異なると、不便なこともあります。海外旅行をするたびに両替をしなければなりません。両替をするたびに手数料をとられるので、両替の両替を避けるため、最後には思い切って散財することもありますね。つまり、貨幣が異なる国と国で商売をするのはそう簡単なことではないのです。なので、為替相場が発達していなかったころは、金本位制を採用していました。大昔から金や銀は普遍的に価値のあるものと信じられていたので、各国の貨幣は金を基準に評価されたのですね。ところが、貨幣を金と紐づけてしまうと、金保有量によって国内の貨幣量が制限されてしまいます。つまり、国際的な金本位制度から離脱すると貿易が停滞し、グローバル企業からの不平がでるし、金本位制度にはいると国内の貨幣量が減ってデフレになり、大量の失業者がでてしまう。戦前の日本はこのようなジレンマに陥って不景気が続いたのでした。本来であれば、失業者を減らすため、金本位制から離れて大規模な公共投資をするべきだったのでしょうけど、当時は第一次世界大戦後で、国際協調のためにブロック経済は忌避されるべきことだったのかもしれません。
1971年のニクソンショックにより、基軸通貨だったドルは合衆国の保有する金とは切り離されました。以降、日本は変動相場制に移行し、現在に至っています。円は金と無関係になり、日本政府が存在しなければ、日本銀行券もたんなる紙切れということになりました。ただし、現在では現金よりも電子決済を利用するひとが増えてきたので、貨幣は円を単位とした数字であると言った方が正しいかもしれません。実際、預金通帳に1,000,000,000円と記帳されていても、全額を現金で見ることはないでしょう。つまり、現在の日本円は日本政府が日本国民のために供給して、社会に流通している何かなのですが、この何かを正確に定義することは簡単ではないようです。
最初の話題に言及すると、貨幣とは、政府が発行しながらも、決められた割合で提出を義務づけられたモノであり、しかも国内における経済活動を活性させる役割をしていることから、我々がこの国でともに生きていくことと深く関係している何かであるようにイカ男には思えます。