18. 運がいいとか、悪いとか♫

ジャレド・ダイアモンドは著書『銃・病原菌・鉄』のなかで、人類の歴史における文明の発展と不平等の原因を地理的・環境的要因によって説明しました。特定の地域(ユーラシアや北アフリカ)が他の地域よりも先に農業を発展させ、銃(軍事力)や病原菌(伝染病)、鉄(技術や武器)を手に入れた主な理由は、遺伝的な優位性によるものではなく、地理や環境の差異であったと結論づけたのです。

 

イカ男は、各地域の栄枯盛衰は周りの他地域から与えられる影響にくわえて、その影響の組み合わせによってさらに大きく左右されると考えます。さらに、どのような状況でそれらの影響を受けるかというタイミングも重要だと思います。影響を受けた結果、地域が繫栄することもあれば、衰退することもあるでしょう。天災など自然環境の変化をふくめて外部からの影響は、人の努力によって完全に防ぎきれるものではありません。であれば、結局、我々の繁栄や衰退の大半は運の良しあしによって決まるのでしょうか?

 

戦後日本は、敗戦国とは信じがたいほどの高度経済成長を経験しました。ところが、終戦直後GHQ(連合国軍総司令部)は日本を東アジアの最貧困国にしておく方針だったようです。それはもっともな話です。どのような事情があったにしろ、戦争を始めて地域全体を戦場にしてしまい、民間人を含め多くの死者を出してしまったのですから、相応の罰を受けるのは当然でしょう。実際に、日本国の財政法第4条には「国の歳出は、公債その他の借入金以外の財源によらなければならない」とあり、当時は与野党の賛成で可決したそうです。公債が発行できなければ、貨幣量が増えないので経済成長は見込めず、日本は敗戦直後の状態で生活を続けなければならなかったでしょう。実際に戦後しばらくはひどい物不足で国民の多くが困窮していました。ところが、戦後すぐに米国はソ連と冷戦状態になり、1950年からは朝鮮戦争がはじまります。日本は米軍が指揮する国連軍の物資供給基地になり、国内工業生産への投資が活発化し、景気が一気に回復したのでした。もちろん、敗戦による賠償金を免除されたことも大きなプラスでした。これは第一次世界大戦後ドイツに過大な賠償金を課したためにナチ党の勃興を許した苦い経験からです。つまり、日本は敗戦国としては格別に幸運な再スタートを切ったわけです。その後の経済成長は皆さん、ご承知のとおりです。

 

しかしこの幸運もいよいよ尽きかけています。多くの国民はそれを日々実感しているはずです。イカ男の見方では、日本が経済大国でいられた大きな要因は、冷戦構造が長く続いたこと、それによって社会主義国や共産主義国のほとんどが後進国の状態だったこと。また、米国は極東でソ連と対峙する日本を軍事的に経済的に保護しました。さらに、当時は周辺国から日本に出稼ぎして、低賃金労働者となる者はほとんどいませんでした。周辺の多くの国は独裁的な性格の国が多く、日本への渡航を制限していたからです。このため、日本は機械化による労働生産性向上に努力し、賃金上昇を維持しました。これらに加えて、戦後の日本には優秀な人材が多数いました。戦前・戦中に作り上げた軍事技術と組織運用のノウハウが蓄積されていたのです。歴史上、敗戦国の戦争関係者は外部や内部の勢力によって粛清されることが多いのですが、先の戦争ではごく一部の戦犯とよばれる人々をのぞいて遅かれ早かれ社会復帰しています。この点で、現在に至るまで、日本は自分自身による戦争の総括がすんでいない、との批判があります。もっともな話なのですが、総括によって大規模な粛清が行われ、経験者や実力者がゼロの状態から歴史をやり直そうとすると大変な混乱を招くこともまた事実です。比較的最近まで、東南アジアの多くの国では国内が安定的に統治できない状態でしたね。

 

いまから考えると、日本の幸福な敗戦後は、軍事的な緊張や米軍の思惑、他国の不幸な国内事情などに起因していたのですが、当時このことに言及するメディアはほとんどなく、日本民族の優越性を示唆する言説までありました。幸福の真っ只中、不幸の真っ只中にいるとき、案外その原因を冷静に考えるのは難しいのかもしれません。幸福や不幸が去ってようやく気づくものなのでしょう。

 

では、どうすれば我々はそれなりに幸せな生活を続けられるのでしょうか。これから50年間を考えてみても、大規模な自然災害や隣国との軍事衝突、世界規模での恐慌など、さまざまなリスクが考えられます。どれをとってもいつどのように発生するかを予測することはきわめて困難です。では、運命に身を任せてただ待つだけなのでしょうか。実際に、イカ男がこれまで述べてきたことは、結局は運の良しあし、ということでした。ところが、実際は戦争に負けるにしろ、その後の復活にしろ、日本には明治維新前から、あるいは戦前・戦中にも、人材の育成と研究・開発によるノウハウの蓄積が常に継続されていたのです。それがあっても戦争には負けたのだし、それがあったこそ復活できたのです。振り返って現在、我々はそのような不断の努力を行っているでしょうか。イカ男にはとてもそのようには見えません。もちろん、それは国民が怠けているのではなく、やりたくてもできない状態が続いているのです。やる気のある者にはぜひ、その機会を提供してほしい。その機会をつくる役割を担うのが、まさに政治家であり政府なのです。

 

さあ、選挙に行きましょう!

 

  • 『銃・病原菌・鉄  1万3000年にわたる人類史の謎 (上・下)』(2000)ジャレド・ダイアモンド、草思社

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