22. 民から官へ
不適切な、しかし正直な発言で江藤拓氏が更迭された結果、小泉進次郎氏が新しい農林水産大臣に任命されました。小泉大臣はさっそく米価の抑制に取り組んでいますね。米価が下がることは、消費者にはありがたいですが、稲作農家にとっては迷惑なことかもしれません。現在、米作りはほとんど利益が上がっていないからです。さらに、たとえば米国から米を輸入するようになれば、確実に農家は廃業していくでしょう。短期的にはそれで主食は賄えるかもしれませんが、長期的には食料安全保障を考えると極めて危険な対応です。以前ブログで書いたように、我々日本人が飢える可能性があるからです。
農業従事者の人口構成を考えると、10年以内に稲作農家が激減するのは間違いないのでしょう。このまま日本農業が衰退して、もし食糧難が起こったら、たいへんな事態になります。いったん継承が途絶えた技術を復活させるのは並大抵のことではありません。むしろ今からコストをかけて、技術継承させるほうがはるかに賢い。つまり、公務として稲作をおこない、国産米を安定的に供給させるべきだとイカ男は主張します。
しかし、稲作の公共事業化には財政支出の制限という大きな壁が立ちふさがります。農林水産関係予算は昭和57年度の3.7兆円をピークに減少し、令和7年度は2.3兆円となっています。常識的に考えると、実質の金額は減少しても、名目の金額が減少するはずがないのですが、38%減少という数字には唖然とするばかりです。元財務官僚だった榊原英資氏によると、財務省で出世するためには増税法案を通すか、予算を削減しなければならないようで、農林水産関係を担当した官僚はせっせと予算をカットして、その実績によって事務次官になるそうです。予算削減を正当化するために、新自由主義の政治家やマスコミなどに農業への政府支援を批判させたのですね。さすがに上級試験を好成績で通っただけのことはあります。そういえば、農林水産業に詳しい政治家も族議員といわれ、一掃されてしまいました。
もちろん水産業も衰退産業です。漁業者の高齢化はもちろん、漁船の老朽化も進んでいます。あと10年、20年後、たとえ水産資源が減少しなくても、日本の漁獲量は減っていくでしょう。今のところ、日本人が摂取する動物性タンパク質は牛や豚、鶏によって賄われていますが、家畜飼料のほとんどは外国産です。もし、海外からの輸入が途絶えたら、戦前のように日本周辺海域からの漁獲に頼らなければなりません。であれば、漁業も公務にしたらどうでしょう。つまり、漁業者を公務員にしてしまうのです。
近年では水産資源の保護管理のため、多くの魚種で漁獲規制が設定されています。労働生産性の向上が求められるなか、生産性の抑制が必要な漁船漁業はもはや資本主義経済には馴染みません。そもそも資本主義経済は無限の産業資源を前提にしています。だからこそ、生産性を向上すれば、経済成長できるのです。水産資源も無動力で漁獲していた頃はほぼ無限と考えられたのですが、そのような時代はとっくに過ぎてしまいました。漁業は近い将来、国民が必要とする動物性タンパク質を過不足なく供給する事業になるでしょう。それには余分な仕事はしない公務員が一番だとは思いませんか。また、漁船漁業は領海の実効支配という面でも極めて重要です。我が国の領土である島根県の竹島や沖縄県の尖閣諸島の周辺でも堂々と操業すべきです。こういうのは民間では無理なので、国が採算度外視で行う必要があります。
小泉純一郎元首相は「民間でできることは民間に」というフレーズで、日本に新自由主義的な経済原理を導入しました。しかしもはや、最低限の食料供給については、すべてを民間に任せるわけにはいかないことがはっきりしました。その責任を果たせない政府であれば、そのような政府は必要ありません。政府は、国民の生命と財産を守るために選ばれているのですから。
- 『財務官僚の仕事力 最強官庁の知られざる出世事情』榊原英資 SBクリエイティブ 2015