17. ブドウイカ現在成長中

今回は、ブドウイカ(秋に現れるケンサキイカの季変異型)のふ化場所や移動経路を推定した研究(Yamaguchi et al. 2017)をご紹介します。使用したサンプルは10月から12月にかけて唐津やプサン、鳥取沖で漁獲されたブドウイカで、どの個体も未成熟でした。特に、12月に鳥取沖でとれた個体のなかには850gをこえるものがあり、地元では「巨大ブドウイカ」と呼ばれているそうです。それらのイカの頭部から平衡石をとりだし、いつものとおり、輪紋を数えて日齢を推定し、Sr/Ca比の変化を調べました。

推定経験水温の変化(唐津沖の個体)

どの個体もその年の1月から3月に水温17℃くらいの海域でふ化したことがわかりました。その数か月後には経験水温は21℃くらいまで上昇し、秋に漁獲されるまでほぼ一定。なぜこのように経験水温を復元できたかというと、まず秋はかなり深い水深(少なくとも50~60m)まで海水温が一定になるからです。夏の海は表面から強く暖められるため、水温が層状に分離します(水温躍層)が、秋になると季節風などの影響で上下混合がおこり均一になります。ちょうど風呂のお湯と同じですね。その時の水温がだいたい21℃くらいだったので、そこからSr/Ca比と水温の関係をつかって逆算したわけです。逆に、夏はもっと高い水温からもっと低い水温までバリエーションに富んでいるのに、経験水温はずっと21℃前後を示しているので、ケンサキイカはこのくらいの水温が最も活動しやすいのでしょう。棚ボタの発見でした。

鉛直水温分布の変化(日本海南部の大陸棚)

春のケンサキイカや、相模湾で漁獲されたケンサキイカに比べると、じつに単純な結果しか得られませんでしたが、ここから何が推測できるのでしょうか。まず、ふ化場所です。冬なのに経験水温が17℃、しかも春先にはすでに21℃まで上昇。これは日本海や対馬海峡ではありえない水温です。ところで、台湾北部海域で観察されたケンサキイカの産卵時期は、秋から春でした(Wang et al. 2008)。とすると、春や夏の季節群との連続性から考えて(ブドウイカもケンサキイカです)、ふ化場所は台湾北部(東シナ海南部)の海域である可能性が非常に高いことがわかりました。そして、東シナ海の大陸棚縁辺にそって流れる黒潮にのって、対馬海峡へとやってきます。夏になると、対馬暖流の勢力が強くなるので、天草海周辺で道草することなく海峡を通過します。そのときはまだ小型の個体だったと思います。

対馬暖流の3分枝(白部は大陸棚)

実は、たとえば外套背長10cm以下の小型イカを獲ることは意外にむずかしく、小型底引き網で漁獲されるていどです。ところが、この漁は対馬周辺ではあまり行われていません。なので、多くの小型イカがそのまま素通りしているのでしょう。思い出してください。ブドウイカの漁場は秋に日本海から対馬海峡へ広がっていくのでした。であれば、夏から秋まで日本海のどこかに留まっていたことなります。もちろん、対馬暖流は狭い海峡を抜けると、日本海へ扇状に広がっていきます。あまりに遠くまで流されると、戻れなくなりますね。さてさて、どうなっているのでしょうか。

  • Yamaguchi T, Kawakami Y, Matsuyama M. Analysis of the hatching site and migratory behaviour of the swordtip squid (Uroteuthis edulis) caught in the Japan Sea and Tsushima Strait in autumn estimated by statolith analysis. Marine Biology Research 14, 105−112, 2017.
  • Wang K, Liao C, Lee K. Population and maturation dynamics of the swordtip squid (Photololigo edulis) in the southern East China Sea. Fisheries Research, 90, 178–186, 2008.

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