4. ブランド化の罠

イカ男が県職員として中堅に位置するようになった2000年頃から、水産物のブランド化がはやり始めました。たとえば、関あじ・関さば、ひみ寒ぶり、大間まぐろなど。魚価が低迷するなか、全国ほとんどの都道府県が地域で漁獲された海産物のブランド化に走りました。佐賀県では、有明海のノリや唐津のケンサキイカでした。さいわい、この2つはすでに全国的な知名度も高く、結果的にブランド化は成功したといえそうです。もともと品質が高く、他の産地や魚種に負けることはありませんでした。

水産物ブランド化戦略の理論と実践-地域資源を価値創造するマーケティング(北斗書房 2010年)

しかし、多くの場合、それほど目立った品質の差もないのに、宣伝広告だけで単価を上げようとする不純な動機によるものだったと思います。ただし、イカ男がブランド化の先進県であった長崎県で聞いたところ、マスコミや流通業者へ払う費用があまりにも膨大で、しかもブランドの基準を維持するために定期的な検査などで大変なコストを払っているということでした。昭和晩期のバブル時代から、日本全体が均質化した商品を差異化するためのイメージ戦略にあけくれ、もはやイメージを食べているみたいな感じがありました。

魚の付加価値向上の具体的な方策は、生き締めや適切な保冷温度による鮮度の維持、旬やサイズの限定、適度な熟成などです。たしかに、それでおいしくなれば、割高になっても買う価値がありそうです。しかし、これらの処置を施すためには漁業者に相応のコストがかかりますし、対象となる個体の数も限られてきます。さらに、ブランド化された個体の単価が上がるほど、その他の個体の単価は相対的に下がることになります。仲買業者の買いたたく口実が増えたのですね。その結果、ブランド化されたものは首都圏や海外の「富裕層」向けとなり、それ以外は安値で地元に売られることになりました。実際、地元では安くないと買ってもらえない経済状況なのです。地産地消といえば、聞こえはいいですが、ほんとうにいいものは生産地にはないという、まさに発展途上国型の流通構造になってしまいました。

ある魚種でもブランド品だけみれば単価は上昇したようにみえますが、漁業者の全体的な収入はどれほど増えたのでしょうか。ブランド化に成功したという実績がほんとうに漁業者や地域の消費者のためになったのか、おおいに疑問です。公務員は公僕なので、本来ならば適当な質と量の水産物を一般の人々に安定供給し、その供給体制が円滑に維持できるよう漁業活動をサポートすべきではなかったかと反省しています。

このような現象は水産業だけでなく、農業などすべての一次産業で起きました。つまり、分厚い中間層を消費者とした同じく中間層に属する生産者からの食糧供給システムが崩壊し、富裕層により高く買ってもらうことを目的とした下層生産者からのすり寄るような上目遣いの供給システムへと変容したのです。

結局、食糧生産活動を一般的な製造活動と混同し、新自由主義的な経済の一部として飲み込まれてしまいました。つまり、本来必要とされるべきカロリーや栄養の供給目的ではなく、貨幣獲得を最大化する生産活動へシフトしたのです。これこそ国際的な新自由主義経済ですね。たしかに、この体制は争いのない平時などではうまくいくことはありますが、グローバルに平和な時がいつまでも続くわけではありません。いよいよ新自由主義経済は転回の時期に来ていると思われます。さて、農水省はいったいどんな舵取りをしてくれるのでしょうか。お手並み拝見!

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