6. ○○なしの大イカ

以前、ケンサキイカを毎月定期的に解剖していて、不思議に思ったことがありました。オスの個体は、立派な体格をしたものほど、精巣が細くて小さいのです。ちなみに、ケンサキイカはオスの方が大きいので、いわゆる剣先型の大きい個体はすべてオスです。人間なら「ズー体だけデカくて、〇〇なし」と言われそうです。そこで、過去の月別データを調べてみました。使った指標は、生殖腺重量指数です。これはオスなら精巣、雌なら卵巣の重さをその個体の全重量で割ったものを基本に算出します。つまり、生殖腺がどのくらい発達しているかを評価するのですね。驚いたことに、4月から6月にかけて漁獲されたオスのケンサキイカは、大きさが大きくなるほど生殖腺重量指数は小さくなっていました。たいていの生物種は体が成長するほど指数も大きくなるか、大きくならなくても一定の値は維持するものです。イカ男は、ケンサキイカのオスが巨大化する理由と何か関係があるのではないかと思い、あれこれ仮説を考え始めました。

ケンサキイカの精巣発達(Nは測定個数、rは相関係数、Yamaguchi et al. 2020)

前のブログ(5. 大イカは「道草」を食う)で、東シナ海南部(台湾北部沖)から粒子追跡実験を行った場合、多くの粒子が黒潮にのって北上し、その中で天草海周辺に達したものは、ゆっくりと五島列島の沿岸にそって北上することを説明しました。つまり、このような経路で移動したイカが立派な剣先型になって春に唐津沖で漁獲されるのでした。水温分布図をみると、春とはいえ、天草海周辺は黒潮流域と比べてまだ水温が低い海域です。しかも、この海域は大陸棚から外れていて、男女海盆と呼ばれ、水深が深くなると、とても水温が低くなります。水温が低くなると、ケンサキイカはどのような影響を受けるのでしょうか。

天草海周辺の海底地形(Googleマップ)

ケンサキイカの分布(科学哲学のよーな 1.「客観的」の罠 最下の図)をみると、赤道を中心にして南北へ中緯度海域まで広がっています。つまり、基本的に暖かい海に生息するイカで、冷たい海水は苦手であることが予想できます。イカ男が室内飼育試験を行ったところ、水温15℃まではなんとか生きていましたが、水槽の底に動かずにじっとしていました。もちろん、餌は食べてくれません。もともとケンサキイカは飼育が難しいので、この結果がどれほど水温を直接反映したものか少々あやしいのですが、常時生息できる水温は14、15℃くらいが下限かなあと思います。というのも、ケンサキイカの卵のふ化試験では、水温が15℃以下になると正常にふ化する割合が極端に低下するという報告があるからです(Natsukari & Tashiro 1991)。

飼育中に産卵したケンサキイカの卵塊

ケンサキイカは卵をチューブ状の袋に詰め込んで海底に産み付けます。通常、海底の水温がいちばん低いので、海底が15℃だったとしても、海中はおおむね行動可能な水温でしょう。しかし、たとえば、海中の水温が15℃とか16℃だった場合、海底の水温は14℃より低い可能性が高いですね。もし、そのような場所に卵を産み付けても、卵はほとんどふ化しないでしょう。つまり、このような海域で成熟するのはむしろリスクなのです。ケンサキイカは、少なくともオスの個体は、たとえ成熟可能な日齢に達していたとしても、低水温の海域では成熟を抑制する、とイカ男は考えます。と考えれば、、、続きはまた次回。

  • Yamaguchi T, Takayama K, Hirose N, MatsuyamaM. Relationship between empirical water temperature and spring characteristics of swordtip squid (Uroteuthis edulis) caught in the eastern Tsushima Strait. Marine Biology Research 16, 93−102, 2020.
  • Natsukari Y, Tashiro M. Neritic squid resources and cuttlefish resources in Japan. Marine Behaviour and Physiology 18, 149–226, 1991.

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