24. コロナ禍を超えて

もともとはケンサキイカの東シナ海南部における再生産構造解明の話をするはずでしたが、ずいぶん回り道をしてしまいました。結局、東南アジアの海域でケンサキイカが入手できたのは、ベトナム(ニャチャン)だけでした。文献によると、フィリピン諸島にも分布しているはずですが、サンプリングの時期が4月下旬で水温がかなり上昇してしまっていたこと(推定30℃)、しかも場所がフィリピン海ではなく、セブ島北部であったことが入手できなかった原因かなと思います。

 

仕方がないので、セブ島北部で入手したアジアケンサキイカを使って平衡石の微量元素を分析しました。別種とはいえ、同じ属なので、よい参考になるはずです。他に使ったサンプルは、日本の山陰沖と相模湾で漁獲されたケンサキイカの平衡石、台湾北部海域で春と秋に漁獲されたケンサキイカの平衡石、そしてベトナム(ニャチャン)で入手したケンサキイカの平衡石でした。

サンプル場所(黄色丸)

使った分析機器はLA-ICP-MSです。とても細かい部分の微量元素成分を高精度で分析することができます。共同研究として、東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授と阿瀬さんにお願いしました。測定したのは、各平衡石のコア部(赤丸:ふ化時期に相当)縁辺部(青丸:漁獲時に相当)の2か所でした。その結果を主成分分析で示したのが、下の図です。微量元素成分の比率が似たものをグループ化しています。

主成分分析結果

日本列島の東西で漁獲されたサンプル①のコア部の成分構成比はもちろん近接し、グループ化③されています。点線の矢印がふ化場所から漁獲された場所への移動を示しています。その場所はおそらく台湾北部の湧昇流が発生する黒潮海域だとおもいます。湧昇流はヤリイカ類が繁殖行動を起こす引き金になると考えられています。そして、そのまま黒潮で日本周辺まで運ばれたのでしょう。

 

台湾北部の春と秋、ベトナム、セブ島の縁辺部をグループ化②すると、その中に台湾北部の秋とベトナムのコア部も入ります。これらは南シナ海と台湾暖流海域の特徴を反映していると考えられます。

 

とすると、最後に台湾北部の春とセブ島の縁辺部だけが残ってしまいました。この二つをグループ化④とすると、グループ③の黒潮湧昇流海域に似た特徴を持つことが分かります。したがって、イカ男はこれをフィリピン海ではないかと考えています。そうすると、前に考えた仮説を証明する一つの材料になるわけです。つまり、台湾北部で春に漁獲されるケンサキイカはフィリピン海から移動しているという説です。同じ台湾北部で漁獲されても秋に漁獲される個体とはふ化した海域が違うのです。

 

ただし、この実験はフィリピン諸島のサンプルとしてケンサキイカではなく、アジアケンサキイカを用いたという点で、重大な弱点があります。これでは多くの研究者から納得を得ることはできません。よって、イカ男は来年3月に再度フィリピンにサンプリングに行くことにしています。今度はまさにケンサキイカが移動すると考えられる春先の、しかもルソン島北部です。皆さんにいい報告ができることを祈るばかりです。

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