5. 準備OK、いよいよ本格研究だ!

ブログで最初にホタルイカの紹介したとき、なぜ、日本のまわりの海域にのみ分布するのか。なぜ、産卵期にだけ接岸してくるのか。どこで産卵しているのか。その卵は再生産に役立っているのか、などといった疑問を投げかけました。そこで、とりあえず仮説を立てて、大きな矛盾がないか検証してみました。今回は本格的な研究を開始する前に、それらの疑問に対する答えの見通しを考えてみます。

 

まず私の仮説は、ホタルイカは自力では移動しないということを大前提にしています。つまり、鉛直運動はするけれども、水平運動はしないということです。なので、水平移動は海流まかせということになります。この点が、ホタルイカの生態をめぐる研究の大きな分岐点になります。よって、ホタルイカは自力で泳いで目標とする海域に移動すると考える研究者とは立場を違えます。イカ男もどちらが本当なのか分かりませんが、方法的に自力水平移動をしない立場をとりたいと思います。

 

自力水平移動なしでも、粒子追跡実験の結果、山陰沿岸と対馬海盆の間であれば自然往復の可能性が示唆されました。とすると、ホタルイカの基本的な再生産海域は朝鮮半島東部の日本海西部ということになります。つまり、対馬暖流が日本海に流れ込んで枝分かれする際に生じる複雑な流れの海域で、ランダムに往復しながら再生産をしているのです。このような流れまかせの再生産が可能な海域は、ごく少ないでしょう。というわけで、日本海周辺のホタルイカは日本周辺に生息するだけで、それ以上は広がらないと考えられます。

ホタルイカの分布海域(「新編 世界イカ類図鑑」より)

 

ホタルイカは産卵期にだけ接岸してくるようにみえますが、実は沿岸に接近して初めて成熟していると考えれば、合点がいきます。おそらくホタルイカの祖先は大陸棚上で生活していたのでしょう。その一部がニッチを求めて沖合で索餌するようになり、低温耐性を獲得したのではないでしょうか。ただし、再生産にかかわる重要な遺伝子は保存されているので、成熟と産卵、ふ化には昔と同じような温暖な条件が必要なのです。沖合で鉛直運動しているうちに、たまたま陸棚に接近した個体が成熟を始め、そのまま陸棚に居ついたメスが産卵するのでしょう。山口県沿岸では4月から7月が産卵盛期だそうです(河野2007)。山口県沿岸から沖合(対馬海盆)が16℃以上の水温で上から蓋をされるのは、年によって違いますが、おおよそ9月から12月です。逆に、1月~8月は陸棚に接近する機会があるということです。辻褄があいますね。

 

陸棚海域で放出された卵は拡散し、基本的に海流によって運ばれます。なので、ふ化した稚イカのほとんどは対馬暖流によって北東へ運ばれるでしょう。なかには津軽海峡を通って太平洋まで達する個体もいるはずです。ホタルイカが種を維持しているということは、仮にメス1個体が1万個産卵しているとすれば、そのうちの2個体(メスとオス)、つまり0.02%が次世代を残さなければなりません。この繰り返しが自然に、しかも安定的に行われるのは、山口県と島根県の陸棚と対馬海域だけだとイカ男は考えます。残念ながら、それ以外の海域で生まれた個体が再生産に関与する可能性はほとんどないと思います。下はその概念図です。対馬暖流を横断して沿岸と沖合いを行き来するのはかなり大変のようですね。

ホタルイカの水平移動と対馬暖流の関係(原図は100m深の流線図2022年7月1日、DREAMS_M)

 

  • 河野光久(2007)日本海南西海域におけるホタルイカ卵の 分布と量変動、Bull. Yamaguchi Pref. Fish. Res. Ctr. 5, 29-34

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です