16. 温暖期の負スパイラル

イカ男の記憶では2015年以降、漁場が沖合化している、漁期が遅れているという話を佐賀県玄海地区のイカ釣り漁師さんからしばしば聞きました。実際現場で確かめることはできなかったので、どの程度漁場が沖合化しているのか、漁期が遅れているのか分からず、当初は「そうですかあ」くらいで聞き流していました。しかし、2019年になると、気象庁HP「海洋の健康診断表」に掲載されていた「対馬暖流の勢力の時系列」に大きな正の偏差(下図)が見られるようになりました。これは大変なことになるかもしれない! 案の定、その年のケンサキイカスルメイカは不漁で、特にスルメイカの不漁は深刻でした。この事象の原因はいまだ不明とされているようですが、イカ男は対馬暖流の勢力増大が主な原因だと考えています。もっと早く気づいて研究を始めていればよかったのですが、対馬海峡はさまざまな起源の海流が合流して対馬暖流となる海域なので、その変化が明瞭には分からなかったのです。これを反省して、イカ男はイカの移動と海流との関係を本格的に研究する覚悟を決めました。

対馬暖流の勢力の時系列(気象庁HP「海洋の健康診断表」)

 

つまり、温暖期第Ⅱステージは我々の知らないうちにすでに始まっていたのでした。対馬暖流の勢力が増大して、いったいどのような影響が生じたのでしょうか。ひと口に対馬暖流といっても、概念的には3つの分枝に分かれていましたね。どうやらひどく勢力が増大したのは第3分枝だったようです(下図)。本州のすぐ西側沿岸を流れる第1分枝の勢力が増大したという話はほとんど聞きません。これはおそらく、海流の海洋大循環において西岸に非常に強い海流(西岸境界流)が発達することと関係していると考えられます。太平洋における黒潮と同様、日本海でも第3分枝が強化されるのは合理的です。温暖期第Ⅰステージでは北朝鮮海域へ輸送される幼イカが増える程度でしたが、第Ⅱステージになるとあまりに多くの幼イカが輸送された結果、対馬海盆の渦構造でトラップされる個体数が減少しました。とすると、年々対馬海峡や東シナ海へ産卵回帰する親イカの数も減少していきます。さらに悪いことに、太平洋や東シナ海の温暖化によって、対馬海峡を北上する地衡流が潮汐による南下流を相殺するようになりました。秋から冬の夜間に発生するこの南向きの潮汐流を利用して、親イカは対馬海峡を東へ横断し、南へ下っていくとイカ男は考えています。結果的に多くのイカが対馬海峡の西水道(朝鮮半島と対馬の間)に留まるようになりました。温暖化が進んだとはいえ、西水道の水温は東水道よりもまだまだ低い(下図)。場合によっては、成熟がすすまないこともあり得ます。また、成熟して産卵できたとしても、正常に発生するかどうか不確か。さらに西水道で発生した場合、多くの稚イカが対馬暖流第3分枝で運ばれることになり、その結果、対馬海盆の渦構造でトラップされる可能性は低くなります。まさに負のスパイラル。スルメイカ資源が急速に減少したシナリオとしては、これが現段階で最も矛盾が少ないものだとイカ男は考えます。

2019年3月下旬の海面水温(左)と海流分布(気象庁HP「海洋の健康診断表」)

 

したがって、日本で漁獲量が激減した原因も明らかです。対馬海峡東水道(対馬と九州北部の間)での産卵が減ったため、日本海の本州に近い海域へ運ばれる幼イカ(主に秋生まれ群)は減少しました。また、東水道から鹿児島県沖へ南下する親イカが減り、黒潮によって太平洋側へ輸送される幼イカ(冬生まれ群)も減少しました。一方韓国は、日本海側では日本と同様に漁獲量が激減しましたが、おそらく済州島の南方海域での産卵が増えたため、黄海では漁獲量が増加したと考えられます。ただし、黄海で漁獲されるスルメイカがどこでふ化したのかはさらに研究が必要です。この点で、2024年度漁期における黄海での漁獲量の動向が注目されます。もし黄海の漁獲量も減少していたら、日本海と黄海のスルメイカ資源は同一系統と考えられますが、引き続き増加傾向を示したら別系統の資源である可能性が出てきます。温暖期第Ⅱステージにおけるスルメイカの再生産システムはまだ謎が多いのです。

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