4. 予測する快楽

イカ男はいま九州大学の大学院で海洋モデリングを学んでいます。海洋モデリングの「モデリング」はもちろんモデルからきていて、モデルの意味には「ある事象について、諸要素とそれら相互関係を定式化して表したもの」というのがあります。難しくてよく分かりませんね。海洋について、ごくごく簡単に言い換えると、「海でみられる現象について、水温や塩分、流速などの要素とそれらの関係を微分方程式などで表したもの」とでもなるのでしょうか。実際にそれをコンピュータで表現するとしたら、「その表したものはできる限り現象そのものに似せようとしてはいるが、どの程度似ているかのかさえ分からないことが多い」という言い訳もつけておけば、なおそれらしいです。なんと頼りない話ではありますが、情報量が圧倒的に多い気象現象でさえ、天気予報が外れるのですから仕方ありません。

ナビエー・ストークス方程式

 

近代科学では、自然の仕組みを方程式で表現してきましたが、この方程式も人間が自然観察から得た直観をもとにつくったもので、神が与えてくれたものではありません。しかも、方程式の答えを得るには、あらゆる条件をそろえる必要があります。ただ、もし完璧な方程式と初期条件が与えられたら、未来の状態まですべて知ることができるかもしれません。17~18世紀は科学万能・合理主義の時代で、いつかはあらゆる未来を予測できるようになると夢みられていたのです。近代とは、英語ではモダン、モデル化(モデリング)することによって、未来を予測可能にし、自然(または人間)をコントロール下に置こうとする夢(悪夢?)に満ちた時代だったのです。

未来を予測して楽しむなんて、偉い科学者だけの話だと思ってはいませんか。人間はほぼ全員未来を予測することが大好きなのです。地球の未来や自分の将来、次の試験の問題、明日のデート、株、競馬や競輪などのギャンブルなど、一時も予想や予測をしないではいられません。人はしばしば、自分の幸せやお金儲けだけでは説明できないほど熱中します。分かっていてもやめられない、となったら、治療を受ける必要さえ出てきます。本人の意志だけでは止められないのです。なぜなら、意識を作り出しているヒトの大脳前頭前野そのものが、予測することが大好きだからです。

イカ男の脳

 

あなたがテニスで相手のサービスをリターンするとき、前頭前野は渾身の予測結果を運動野に伝えて全身の筋肉を調和的に伸縮させます。そのとき、大脳に意識が現れる暇はありません。スポーツでさえこうなのですから、生死にかかわるような状況であれば、前頭前野は感覚器官から入力された情報とこれまでの膨大な経験データに基づいて、最善の予測結果を次々に生み出し、無意識のあなたを動かすはずです。これがまさに前頭前野の本来の役割であり、過大なランニングコストを支払いながらもヒトがこの器官をもち続けた理由です。

しかし、イカ男のように昭和後期と平成を生きた者にとって、動物や昔の人間のように過酷な状況を経験していません。なので、大脳前頭前野が暇をもてあまして、研究や恋愛、投機、ギャンブルに活躍の場を求めたのかもしれません。ただし、これからの時代はどうなるのでしょうか。このまま前頭前野の空ぶかしが続くのでしょうか。最近のニュースを見ていると、そうならないかもしれません。

なぜ勉強しなければならないのかと子どもに聞かれて、うまく答えられない先生や親がいるようです。勉強して知識を学ぶのは、未来を予測するためです。未来を予測してはじめて知識は役立ちますし、大脳前頭前野も喜ぶのです。古い知識を後生大事に持っているだけでは何にもなりません。ある意味で、これから興奮の時代が来そうです。みなさんが首尾よく生き残ることを心からお祈りします。

  • 『デジタル大辞泉』 小学館
  • 花輪公雄『海洋の物理学』 共立出版 2017年
  • リタ・カーター『新・脳と心の地形図』 原書房 2012年
  • 妹尾武治『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。』 光文社新書 光文社 2021年

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