13. イカロケットの秘密

イカ類は2種類の方法で海中を移動することができます。1つはヒレを波状にひらひら動かしてゆっくり移動する方法、もう1つは漏斗から海水をジェット噴射させて素早く移動する方法です。一方、魚類の多くは、体を左右にくねくねさせながら移動します。これはイカのゆっくり移動する方法と似ていて、左にくねっとしたときも、右にくねっとしたときも水を後方に押しやることができるので、継続的に前方への推進力が得られます。さらに尾鰭や背鰭、尻鰭があり体も扁平なので水をかく面積も広く、しかも筋力が強いので、かなりの巡航速度で泳ぐことができます。しかしイカ類は、体がロケットのように剛体で、ヒレの面積は小さく、それを動かす筋肉も強くありません。これでは魚類のように泳ぐことは難しいでしょう。

        魚の泳ぎ

では、漏斗からのジェット噴射はどうでしょうか。漏斗から噴射される海水は、あらかじめ外套膜のなかにためこんでいたものです。そして、外套膜を内側へ収縮させることによって漏斗から噴射させるのです。まるで、ロケットの発射ですね。しかし、いったん噴射させたら、外套膜の入り口、つまり頭や腕の隙間から海水を中に注入しなければなりません(「12.イカはうちゅうじんではないのか?」)。このとき、作用反作用の法則から、イカの体には逆方向の力が生じて急ブレーキがかかり、場合によっては後退してしまうはずです。この現象は、ミミズのぜん動運動に似ています。ミミズの体は強い筋肉でできており、筋肉を圧迫しながら体を薄く、長く伸び縮みさせて移動しますが、なかなか前へ進みませんね。同じように細長い体型のヘビとはまったく違うのです。ヘビはくねくねと、ちょうどウナギなどを含む魚類と同じ原理で効率的に移動します。

   ロケットの姿勢制御(JAXA)

それでは、イカのジェット噴射は役に立たないのでしょうか。もちろん、そうではありません。この移動方法は、魚などの敵から逃げるときには最適だとイカ男は思います。まず、加速度がすごいです。静止状態から一気にスピードが上がります。そのためにイカには心臓とは別に、鰓心臓という鰓に血液を効率的に送り込む心臓の補助器官が一対備わっていて、大量の酸素供給が可能です。また、ロケットのように姿勢制御が難しい体型もこのときは有効に機能します。なぜなら、上下左右あらゆる方向への不連続な移動が可能だからです。進行方向にあるヒレのちょっとした角度と、推進力を生みだす漏斗の向きを調節すれば、即座に方向転換ができます。特に海底方向へ移動した場合、たいていの魚は取り残されると思います。なぜなら、魚類の多くは水平方向への遊泳に適した構造になっており、しかも鰾を収縮させる時間が必要です。魚が急に鉛直下方向へ泳ぎだ姿をイメージできますか? おそらく、イカはそんな魚を尻目に(まさに、進行方向とは逆向きに視界が開けている)、「おとり」になるイカ墨を吐いて(タコ墨とは異なり、粘性が高い)、ゆうゆうと逃げ切ることでしょう。

       逃げるが勝ち

このように考えていくと、イカの泳ぎはどこかの目標を定めて長距離を泳ぐというより、天敵である魚類から逃げるために特化しているように思えます。なにしろ、イカ類は「裸の貝」なのですから、ちょっとした傷でも致命傷になります。だから、ロケットと同じように上下方向への移動が最優先されたのでしょう。「がってん」してもらえますか?

  • 塚本勝巳「魚類の遊泳運動:水中への適応」比較生理化学 Vol.10, No.4 (1993)

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