18. 渦がなければ、流れ去るだけ

ブドウイカ(秋にとれるケンサキイカの季節変異型)は、初夏頃に東シナ海から対馬海峡を通過した小型個体ではないか、という推測を前回お話ししました。だとすると、少なくとも夏の間、日本海のなるべく南の海域に留まらなくてはなりません。もちろん、ケンサキイカにもある程度の遊泳能力があるので、たくましい個体は対馬暖流に流されず、大陸棚にしがみつけるかもしれません。しかし、毎年秋には多くのブドウイカが現れるのですから、個体の能力に頼るのではなく、何かしら定期的な自然のメカニズムが関係していると考えるのがよいでしょう。

対馬北東海域に形成された渦構造(Takikawa et al. 2005)

実は、対馬の北東には対馬暖流によって渦構造が形成されます。皆さんは、川の流れのなかで、落葉などが大きな岩の下にできた渦につかまって、クルクル回っているのを見たことがないでしょうか。これは、小川や海洋、または大気であっても、流体によって生じる同じ現象です。さらに、流れが障害物によって乱れていったん渦ができると、流れの下まで渦が続くことも、よく知られた自然現象のひとつです(カルマン渦)。実際、対馬の北東海域は好漁場であることが知られています。海に発生する巨大な渦には多くの魚やイカがつかまって、しばしば豊かな生態系(食物連鎖)が形成されるのです。

済州島の南方上空にできたカルマン渦の雲

そこでイカ男は、海洋数値モデルを用いて粒子追跡実験を行ってみました。コンピュータ上で1万個の仮想粒子を対馬南沖から流したところ、年によって個数や分布は異なりますが、おおむね毎年対馬の北東海域に多くの粒子が帯状に滞留しました。滞留していた粒子数とその年のブドウイカの漁獲状況を比較したところ、水深を30mに固定して7月1日に粒子を流し、9月1日に滞留した粒子を計数した場合が最も高い相関がありました(r = 0.85, p < 0.01)。 水深30mにおける7月の水温は約21℃なので、平衡石から推定したブドウイカの経験水温とほぼ一致します。粒子の計数は10月1日にも行ったのですが、なぜ9月1日に計数した場合の方が良かったのかというと、9月になると渦の形成が弱くなって、粒子を保持できなくなるからでした。これらの実験結果をまとめて、実際のブドウイカに当てはまると、7月初旬に対馬海峡沖の水深30m付近通過した小型個体群が、対馬北東に発生する渦構造(水深40-50m)につかまって夏を越し、9月になって徐々に解放され周辺の漁場に広がった、ということになります。

粒子追跡実験の結果一部(Yamaguchi et al. 2021)

また、渦構造につかまる粒子数は毎年変化すると言いましたが、2019年はその数がきわめて少なく、2019年のブドウイカの不漁とよく対応しています。

豊漁年(上)と不漁年の実験結果(Yamaguchi et al. 2021)

これらは、あくまで1万個の粒子を決まった場所から流したコンピュータ上の実験結果であって、必ずしも現実を再現しているわけではありませんが、ブドウイカの出現と海流に何らかの関係があることを十分に示唆しているとイカ男は考えます。定性的にはいい感じで分析できましたが、今後、定量的な分析を行う場合は、ケンサキイカの来遊資源量を考慮して粒子数を調整できるか、ブドウイカの移動を最もよく表現できる粒子の放流場所はどこなのか、などが問題になるでしょう。

では、ブドウイカの移動を上記のように考えると、この季節変異型の特徴をうまく説明できるでしょうか。次回に続きます。

  • Takikawa T, Yoon JH, Cho KD The Tsushima warm current through Tsushima Straits estimated from ferryboat ADCP data. Journal of Physical Oceanography, 35(6):1154-1168, 2005
  • Yamaguchi T, Takayama K, Hirose N Quantitative Relationships between Autumn Catches of Swordtip Squid (Uroteuthis edulis) and Oceanic Conditions to the East of Tsushima Islands, Japan. American Journal of Marine Science, Vol. 9, No. 1, 16-25, 2021

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