19. アイドルは恋愛禁止!?

ブドウイカ(秋に獲れるケンサキイカの季節変異型)の大きな特徴は、ぽっちゃり体型と未成熟であることでした。直観的に、この2つの特徴は矛盾します。十分に成熟しているから、ぽっちゃり、がありそうな体型だからです。また、イカにかぎらず多くの水産生物にとって、成熟と水温には大きな関係があります。生存範囲水温内において、水温は高い方が代謝は活発になりますから、成熟は早く進みます。なのに、夏を対馬北東海域で過ごしたブドウイカはなぜ未成熟のままなのでしょうか。

ケンサキイカの季節変異型(左から春、夏、秋。未成熟は秋だけ)

ケンサキイカを含め、すべての現存生物が種を存続できている理由は、残した子孫がまた次の子孫を十分に再生産できるだけの数の子孫を残してきたからです。ちょっと、変な日本語になってしまいましたが、つまり、とりあえず産卵しておいて、その後はどうなってもいい、なんていい加減なことでは、種は続かないということです。産んだ卵が正常に発生・ふ化し、ふ化直後の稚イカでも食べられる動物プランクトンなどが豊富にある環境でなければならなりません。そのような環境でなければ、産卵はおろか、成熟するのも無意味です。余談になりますが、近年の日本の出生率低下は、子どもが生まれて一人前になるまでの最低20年間、安定した収入を見込める職が少ないことに由来するとイカ男は考えます。なので、まじめな若者ほど結婚と出産を躊躇しているのではないでしょうか。とても、痛ましいです。

ケンサキイカの卵塊(室内試験)

閑話休題。では、夏頃の対馬北東海域の水温を確認してみましょう。ここで注意すべきは、ケンサキイカの産卵方法です。この種は海底に卵塊を産み付けるタイプでした。そして、その卵が正常発生するための最低水温はおよそ15℃であることが知られています。夏の対馬海峡には強い水温躍層が発生し、表面近くは24℃を超えますが、底層は10℃以下です。仮にこのような海域で成熟して産卵しても、卵は正常に発生しないでしょう。そもそも、水温が低すぎて、親イカが海底まで泳げるかどうか、産卵できるかどうかも分かりません。まあ、不可能でしょう。つまり、海面付近の水温が高いからといって、底層の低水温を無視して簡単に成熟してしまうような種であったなら、すでに淘汰されるはずです。おそらくケンサキイカには、底層水温が発生に低すぎる場合には成熟を抑制するような何らかの機能があるのでしょう。

日本海南部における鉛直水温の変化

一方、対馬北東海域の渦構造には小魚などが多数いて、食べ物に困ることはありません。なので、どんどん栄養をとって太っていくのだと思います。本来成熟に向かうはずの栄養が体成長に使われるのですね。それは合理的なことです。体を大きくしておけば、環境が改善して成熟が進んだ時に多くの卵を蓄えることができるからです。なので、幼児体型をそのまま大きくしたような、ちょうどマンガのキャラクターのような可愛いイカになったのでしょう。ブドウイカの正反対の例が、長崎県の茂木湾でみられる小型成熟のケンサキイカです。茂木型イカのように高い底層水温の環境で早く成熟して少ない卵を産むか、ブドウイカのように遅く成熟して多くの卵を産むか、トレードオフの関係になっています。このように両極端に異なるイカの生態を見ることができる対馬海峡周辺はとても興味深い海域です。

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