22. 東南アジアのケンサキイカ属
ケンサキイカ(Uroteuthis edulis) が南の海から東シナ海へ移動している可能性を思いついてから、台湾をふくめて、何度も東南アジア方面へサンプリングに出かけました。そこでは多くの研究者の方々にお世話になり、貴重な情報も入手しました。
最初に行ったのは、国立台湾海洋大学でした。この大学は台湾北部の基隆(キールン)にあり、ケンサキイカの漁獲が多く、また調査や研究も盛んに行われています。学術的には日本よりも進んでいる印象で、イカ男が日本で研究をするにあたって大いに参考にさせてもらいました。私が大学を訪問した時には、台湾海峡南部にある澎湖諸島まで案内してくれました。面白いことに、ケンサキイカは台湾北部の海域には分布していますが、台湾海峡にはほとんどいないということでした。台湾暖流が流れる台湾海峡は浅い海峡なので、ケンサキイカにとっては水温が高すぎるようです。その代わりに、同属のヒラケンサキイカ(Uroteuthis chinensis)が獲れます。この種は、ケンサキイカよりも高水温の海域に適応していて、東南アジアの海域には広く分布していますが、台湾海峡より北部には水温が低すぎて生存できません。澎湖諸島で水揚げされるイカはこのヒラケンサキイカばかりで、その大きさが対馬海峡で春に見られる外套背長が40㎝を超えるような大型のケンサキイカにそっくりで驚きました。イカ類は基本的に、水温が高いと早く成熟して、産卵後は死んでしまいますので、ヒラケンサキイカにとっては台湾南部海域も成熟するには少し水温が低いようです。地元の研究者によると、ケンサキイカも昔は獲れていたけれど、1990年代のある時期から獲れなくなったということで、理由は分からないようです。もし、これが本当であれば、海洋環境(海流など)の変化で急に漁獲がなくなる種が日本でも出てくるかもしれません。
タイの東シナ海沿岸とフィリピンのセブ島でサンプリングできたのは、ケンサキイカではなく、アジアケンサキイカ(Uroteuthis duvauceli)でした。この種も見た目はケンサキイカにそっくりで、特にブドウイカ(秋に獲れる季節変異型)に似ていると個人的には思いました。イカ男が確認した範囲では、外套背長が20㎝を超えるような個体はありませんでした。サンプリングしたのがタイランド湾とか島嶼海域など、水深が浅くて高水温の海域だったためだと思います。タイでも反対側のアンダマン海に面したプーケットなどではケンサキイカが獲れるということなので、水温によって棲み分けていることがよく分かりました。
ベトナム中部(ニャチャン)でもサンプリングを何度か行いました。9月の暑い時期にはヒラケンサキイカばかりでしたが、2月の比較的涼しい時期(九州の9月くらいの気候)にはケンサキイカがあり、小型で成熟していて、長崎県の茂木湾で見た個体によく似ていました。ベトナムの沖はすぐに水深が深くなっていて、ケンサキイカの産卵場としては適当ではありません。なので、冬の時期に吹くモンスーン(東風)の影響で、フィリピン諸島周辺から移動してきたのかもしれません。
スーパーなどでイカの干物があって、原材料名のところに「ケンサキイカ」と記載され、原産地がタイやベトナムだったとしたら、それはヒラケンサキイカかアジアケンサキイカでしょう。大きい干物だったらおそらく前者です。Uroteuthis 属をケンサキイカ属と和訳したら、ウソとは言えませんし、製造の上手下手を無視すれば、味も基本的に同じはずです。ぜひ酒の肴として楽しんでください。
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