15. 円安が原因か?
最近は物価上昇が大きな社会問題になっています。最初のころは輸入品が中心でしたが、現在では多くの生活出需品が値上げされていますね。専門家には、円安ドル高が原因だと分析するむきがあります。たしかに円がドルに対して安くなると、相対的に輸入品は割高になります。
1米ドルに対する円の為替レートを調べてみると、2023年1月14日の127.88円からほぼ直線的に上昇し、2024年6月9日現在で156.74円まで円安が進んでいます。このような状態では、同じ輸入品でも約1.2倍の円を払わなければ購入できません。なんとなく生活実感とあっていますね。では、他の国でも同じようにドル高がすすんでいるのでしょうか。まず、近隣国と比較してみましょう。韓国や台湾、ベトナムの対米ドル各国通貨レートの推移は、日本円の為替レートと同じく上昇傾向にあります。一方、欧州と関係国の主要通貨では、2023年1月以降あまり変化していません。これは何を意味しているのでしょう。為替相場は一般的に、市場における需要と供給のバランスによって決まると言われていますが、実際は巨額の資金を運用できる投資家の思惑によって左右されるそうです。ひょっとしたら、そのような投資家が日本をふくめた東アジア圏と米国を中心としてた欧州英米圏とを区別して資金を運用しているのかもしれません。
対米ドル為替レートの推移(直近20年)https://www.xe.com
対米ドルに対する自国の為替レートが低下すると、各国は政策金利を引き上げます。金利を上げると、民間はお金を借りにくくなるので、市中に出回る通貨量が減少し、自国通貨の価値が上がることになります。その結果、為替レートが改善するだろうということです。つまり、一般的に為替レートと政策金利の関係は深いといわれています。ご存じのとおり、日本の金利は極端に低く、ゼロを通り越してマイナスの状態が2016年から最近(2024年3月19日)まで続いていました。日本が長期にわたるインフレ状態で、市中の通貨量を減少させるわけにはいかなかったからです。この事情は、実は欧州や米国も似ていて、ほぼゼロ金利の状態が続いていました。ところが、コロナ禍において民間の活動を制限する代わりに、減税や支援金の支給など大規模な経済対策をおこないました。その結果、市中には大量の通貨が流通することになりました。しかし、通常の生産活動が制限されたことにより供給量が減少しました。そのためにインフレが発生し、金利を引き上げざるをえなくなったのです。これは東アジアの国々でもある程度あてはまります。異なるのは、コロナ以前は欧州英米より経済が好調だったことぐらいです。なので、比較的金利が高かったのですね。ただし、コロナ禍ではさすがに低金利になりました。
政策金利の推移(直近5年)TRADINGECONOMICS.COM
このような状況をざっくりみると、欧州英米は一時期の不況を、コロナ禍終了を契機に脱出したようにおもえます。では、日本と同じく米ドル高にさらされている近隣国はどうなのでしょうか。日本の観光地をみると、韓国や台湾、フィリピン、ベトナム、インドネシアなどからも多くの観光客がおとずれているようです。各国の富裕層だけが観光にきているのでしょうか。各国の1人当たりの実質GDP(国内総生産)を調べてみました。日本がここ20年で約1.2倍の伸びであるのに対し、韓国とフィリピンは約2倍、ベトナムは約3倍になっています。昨今日本では「脱GDP」の考え方が広まっているようですが、GDPはインフラや贅沢品の単なる指数ではありません。GDPには三面等価の原則があり、生産面(付加価値)、支出面(需要)、分配面(所得)から見ても、それぞれの合計は等しくなります。つまり、1人当たりの実質GDPは1人当たりの所得も示しているのです。とすると、所得は増えなくてもいいと言える人はどれくらいいるのでしょうか。少なくともイカ男は増えてほしいです。まさに、日本人の所得の伸びは他国民に比べて著しく低いのです。つまり、この所得の増加がなかったために、円安による影響が極端に大きいというわけです。輸入品の金額が少々高くなっても所得が多くなっていれば、特に困ることはないですよね。
1人当たり実質GDPの推移(1980-2024年)ecodb.net
ここでさらに問題があります。一部の政治家や経済学者、関係者から円安対策のために金利を引き上げる案が出ています。前にも説明したように、自国通貨の為替レートを高くするために金利を上げることはありえますが、それは通貨の流通量が多いときです。通貨の流通が活発ということは需要が多いということで、こうなると供給不足が発生します。つまりインフレーションの状態になり、物価が上昇します。つまり、金利の引き上げは、インフレを抑制するために実施される政策なのです。では、日本はいまインフレ状態でしょうか。違いますね。というか、逆のデフレーションといった方がいい状態です。
物価が上昇すると、そこだけに着目してインフレ状況だと説明する人がいますが、これは間違いです。インフレとは需要に対して供給が追い付かない状態です。逆に、デフレとは需要に対して供給量が多い状態です。なのでインフレやデフレは、物価とは直接関係ないのです。デフレ下で物価が上昇する現象をスタグフレーションと呼び、主として輸入品の高騰など国外からの事情で生じます。このように経済の専門用語は間違いやすいので、用語の定義や原因と結果の関係をしっかり整理しておかなければなりません。なぜなら、誤った理解のもとに、デフレ下で金利を引き上げたら、市中の通貨量を減少させることになり、さらに景気を悪化させてしまいます。栄養失調の患者から水分まで抜いてしまうようなものです。まじめな専門家ならば当然理解しているはずですが、もしこの程度の分析もできないようであれば、その方はよほどのバカか、嘘つき(詐欺師)でしょう。
したがって、我々がこの苦しい家計状態を脱するためには、小手先の政策ではどうにもならなくて(むしろ悪化させる可能性があります)、地道に実質賃金をあげる努力をしてもらわなければなりません。ただし、この成果が見えるまでには中長期な時間が必要でしょう。それまでは消費税減税で対応してもらうのが最も適当です。法律改正だけですむので、次の総選挙の争点にぜひ取り上げてもらいたいものです。