16. 消費税の罪と罪!
日産自動車株式会社が下請け企業に支払う代金を不当に減額したことは下請法に違反するとし、公正取引委員会は2024年3月、再発防止策などの勧告を行いました。日産による減額の総額は30億2367万6843円で、下請法違反としては過去最高額でした。日産は2021年1月~23年4月までの間、タイヤやホイールなどを製造する下請け企業36社に対し、原価低減を目的に下請け代金を減額していました。公取委によると、違反はかなり前から続いており、通常の取り引きの延長線上のように位置付けられていて、下請け企業は日産からの要請に対して要望を言えない状況になっていたそうです。「日刊自動車新聞」によると、このような事案は日産だけではなく、自動車業界全体で14件目だったということです。
一方、「全国商工新聞」によると、日産の2020年における輸出による消費税還付金は1628億円と推定されています。この消費税還付金とはなんでしょうか。実は、消費税法によると輸出品に対する消費税率は0%で、結果的に売上げに対する消費税は課されないようになっています。もし輸出品にも消費税を課したら、海外での他国製品との競争が不利になり、グローバル企業の成長が阻害されてしまいますからね。ところが、輸出品であっても国内で製造する過程で生じる付加価値には一定割合の消費税が課せられます。つまり、還付金とはこの差額を補填するものなのです。ネット上でトヨタなどが還付金で丸もうけをしているといった記事を目にしますが、このような事情があったのですね。
ここで問題になるのが「消費税の価格転嫁」問題です。具体的には、下請け企業が親企業に対して、消費税分を上乗せできない状況が生じることです。たとえば、取引終了をちらつかせながら下請け企業に値引きの圧力をかけて、結果的に安い金額で取引が成立させ、しかも輸出企業であれば還付金で丸もうけができます。一方、不当に値引きされた下請け企業は、本来親企業が支払うべき消費税分まで支払うことになります。消費税は、ざっくり言えば粗利(または付加価値)に消費税率を乗じた額を納税しなければならない制度なので、その分を本体価格に上乗せして販売するのですが、税込み金額で買ってもらえない場合は値引きしなければならなくなります。このような事態は前述のような親会社からの圧力だけでなく、一般消費者が購入を控える場合にも生じます。賃金が上昇しない現状では、消費者はできるだけ安い商品を買おうとするので、売上げを伸ばすためには、消費税分を上乗せしても値段が割安になるように本体価格を下げておかなければなりません。こうなると、「消費税は消費者が負担する間接税」という建前がくずれ、売る―買うの力関係なかで決まるものということになってしまいます。このため、消費税は景気がいい時にはあまり気にならないそうですが(日本ではまだそんな経験はないですね)、売上げが悪い不景気の時にはきわめて過酷な税制になります。なので、コロナ禍ではほとんどの国で消費税率を引き下げて事業者と消費者を守りました。
さらに、消費税には別の負の側面があります。消費税の計算式「課税売上げ額×消費税率-課税仕入れ額×消費税率」(東京税理士会)には、「課税仕入れ額」の前にマイナスがついていますね。これは、課税仕入れ額を増やせば消費税額が減ることを意味しています。仕入れ額には人件費などの経費が含まれ、給与は消費税法によって非課税とされています。一方、業務委託は課税対象です。お分かりでしょうか。もし同じ賃金で同質の労働力がえられるのであれば、給与として支払うより業務委託費として支払った方が税の面から考えると絶対に得なのです。業務委託であれば、もちろん社会保険料を負担することもなくなります。消費税導入後、多くの企業が経営改善のため正社員を派遣社員に代えていった背景にはこのような事情があったのですね。
イカ男が当時知っていた優秀な大学生のなかにも正社員になれなくて、派遣社員として社会に出るものがいました。いわゆる氷河期世代です。彼らがどんな半生を歩んでいるのか考えると、ズンと気が重くなります。給与が少ないうえに将来が予測できない生活のなかでは、おいそれと出費もできなかったことでしょう。これがデフレスパイラルを生み、現在まで続く不況の原因となりました。消費税が始まってから、事業者も消費者もそれぞれ合理的な選択をしてきたと思います。しかし、いわゆる合成の誤謬によって、多くの人々が不幸になってしまいました。なぜ、バブルが崩壊して経済を基礎から立て直さなければならなかった1990年代に消費税を導入しなければならなかったのか。酒税やたばこ税に酒やたばこの消費抑制効果があるように、消費税にも消費行動の抑制効果があります。消費(需要)を活性化しなければならないデフレ時(需要が不足している状態)になぜ消費税を導入し、さらに税率を引き上げなければならなかったのか(もちろん「税は財源ではない」という事実を認識したうえでの議論です)。我々はいま一度、平成時代初期の大きな躓きを検証する必要があります。