12. 最後のチャンスか⁇

今シーズンのスルメイカの漁獲について、函館新聞が次のように報じています。「函館市農林水産部がまとめた市水産物地方卸売市場での6月の生鮮スルメイカ取扱量は、前年同期比10トン減の19トンにとどまった。漁期ごとの統計を取り始めた2005年以降で、21年の26トンを下回り、過去最低を更新。漁期が始まって1カ月だが、壊滅的な不漁に見舞われている。」現在、あまりにも漁獲量が少ないため多くの漁船が出港を見合わせているようで、今後も漁獲量の増加は期待できないそうです。このような不漁について、ある専門家は「日本海を北上する秋生まれ群の資源状況が良くないこと、道南近海の海水温が平年よりやや低い傾向でイカの来遊が遅れていることが要因」であるとコメントし、また他の専門家は「日本の南岸を流れる暖流、黒潮が大きく蛇行している影響。冬に東シナ海で生まれたスルメイカの稚魚は、黒潮に乗りながら日本列島の南側を泳いで北上していく。しかし黒潮の蛇行によって途中で冷たい水温の海域にぶつかり、稚魚の段階で多くの個体が死んでしまうため、黒潮の蛇行が続く限りは、回復は見込めない」と指摘しています。

 

たしかに北海道近海の水温や黒潮の大蛇行も漁獲量にいくらかの影響を与えているかもしれません。しかし、スルメイカが北海道の南部や黒潮の本州沿岸に近づく前にすでに激減していることがフィールド調査で明らかになっています。国の水産資源研究センターが毎年報告している「スルメイカ秋季発生群の資源評価」の57ページをみると、九州北部と山陰沿岸で10~11月に実施される調査では近年ほとんど稚イカは確認されません。また、「スルメイカ冬季発生群の資源評価」の46ページをみても、九州南部海域で2月に実施される調査では近年ほとんど幼生は確認されていません。つまり、少なくとも日本近海ではスルメイカの幼生や稚イカがほぼ確認されていないのです。それはなぜか? もちろん、親イカが来遊していないからですね。秋はもちろん、冬になっても佐賀県や長崎県の海域(対馬海峡東水道)でスルメイカはなかなか漁獲されません。

 

ここでもういちど水産資源研究センターの報告書を見てみましょう。下図の漁場(水色)に着目すると、漁場は日本海の大和堆から対馬海盆、朝鮮半島東岸、そして対馬海峡(西水道)へ続いていることが分かります。常識的に考えると、スルメイカは夏から秋にかけてこの経路で産卵回帰しているようにみえますね。つまり、これらの漁場で漁獲される親イカは減少しているのか、そうであれば、その理由は何かを調査・研究することが最優先だと思います。この点については、同報告書でも北朝鮮海域での中国漁船による過剰漁獲を指摘していますので、本来産卵群の主体となるスルメイカを夏のあいだに先取りしている可能性があります。実際、昨年9月に韓国の日本海沿岸にある江陵市でサンプリングしたとき、歴史的な不漁であることを知りました。さらに、昨年末に長崎近海で獲れたスルメイカを購入しようとしてひどく苦労したため、来シーズン(2024年度)は大不漁になるのではないかと心配した記憶があります。

スルメイカ秋季発生群の分布域と産卵場(本文記載の報告書20ページの図2-1)

 

さらに同報告書(77~80ページ)では、粒子追跡実験の結果、東シナ海で産卵されて日本海へ輸送された卵や幼生、稚イカのうち、日本海の大陸側(北西部)に輸送された個体が日本側(南東部)より多くなっている可能性があるとの指摘があります。これはおそらく対馬暖流のうち朝鮮半島東岸を北上する第3分枝(東韓暖流)の勢力が近年強くなっているためでしょう。さらに、上記のようにスルメイカが対馬海峡東水道ではなく西水道で産卵しているとしたら、卵稚仔の多くは東韓暖流で北朝鮮海域や対馬海盆の北部へ輸送されることになります。

 

ということで、この対馬暖流、とりわけ東韓暖流がスルメイカの輸送と産卵回帰に大きな影響をあたえていて、それが近年の不漁原因になっているのではないかとイカ男は考えています。ただし、今年度大不漁になると、来年度はさらにひどい不漁になるでしょう。そうなると、もはやスルメイカを研究対象とすることさえ難しくなり、場合によっては無意味になるかもしれません。いよいよ、正念場です。

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12. 最後のチャンスか⁇” に対して2件のコメントがあります。

  1. 秋本一彦 より:

    はじめまして。山城滋氏の『地魚は今』第3章にて山口さんの活動を知りました。今年はヨコワの種苗が激減していると聞いています。一説では共食いの可能性もあるとの事です。ヨコワに限らず、イカも捕食されているのでしょうか?

    1. ika-otoko より:

      秋元様、コメントありがとうございます。「ヨコワに限らず、イカも捕食されているのでしょうか?」というご質問につきまして、イカがヨコワに捕食されているのかということであれば、捕食されていると思います。イカはヨコワに限らず、多くの大型魚に捕食されます。柔らかくて食べやすいので、魚の大好物になっているのでしょう。もし、イカも共食いするのかということであれば、これもイエスです。種によっていくらか異なると思いますが、少なくともケンサキイカやスルメイカは共食いがはげしいです。我々からみると残酷ですが、彼らが餌となる個体もふくめて集団で移動しているのだとしたらある意味で合理的です。なぜなら、飢餓で全滅する可能性が低いからです。また、マグロが増えて、イカが食べられるため資源が減っているという話もありますが、現在のイカ資源の減少はマグロの増加では説明できないと思います。ただ、マグロが増えて、イカが逃げまわった結果、漁場が形成されにくくなっていることは考えられます。

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