33. 黒潮システムの北上

先月7月22日のYahooニュースを見ていたら、宮城県気仙沼市では2022年まではケンサキイカの水揚げはなかったが、2024年はすでに20トン以上が水揚げされている、という記事がありました。地元の関係者は、「近年海水温が上がってきている。暖かい海流に乗って三陸沖に上がってきているのでは」とコメントしています。間違いなくそのとおりで、たとえば30年前の水温分布図と比較すると一目瞭然です。

水温分布図(気象庁HP)

 

宮城県でケンサキイカの漁獲量が増加し始めたのは2016年頃でした。その後、漁獲はさらに増加し、昨年からイカ男が住む佐賀県の山間のスーパーにも宮城県産と表示された小型のケンサキイカが並ぶようになりました。宮城県産ではあっても、それは仙台湾で漁獲されたもので、三陸沖での漁獲はまだ少し先かなあと思っていたのですが、予想よりも早かったようです。

宮城県産ケンサキイカ(佐賀県武雄市のスーパーで購入)

 

仙台湾で漁獲されるケンサキイカのふ化場所については、東シナ海南部の台湾北部沖という仮説を立てたのですが、この考えに賛同してくれる研究者はほとんどいませんでした。それは、夏季と冬季に相模湾や伊豆諸島周辺に成熟したケンサキイカが現れるからです。研究者の多くは冬季に現れるケンサキイカが産んだ卵がふ化して、それが北上したと考えていたようです。もちろん、イカ男も冬季に相模湾で獲れるケンサキイカの存在は知っていて、神奈川県の小田原魚市場に頼んで冬季の成熟ケンサキイカをサンプリングしてもらっていました。なので、この群がどのくらい少ないかを知っていました。つまり、仙台湾のケンサキイカ漁獲量を合理的に説明できるほどの数ではないのです。このあたりが、文献や報告書の定性的な事実のみで生じる判断ミスです。残念ながら、イカ男の論文はリジェクト(不受理)になってしまいました。

 

コンピュータシミュレーションによる粒子追跡実験を用いて、台湾北部沖から仮想粒子を流した場合、まず多くの粒子が黒潮本流によって太平洋側へ流れます。その後、残った粒子が対馬海峡を経て日本海へ流れ込みます。この結果をもとに、対馬海峡や山陰沿岸で漁獲されるケンサキイカの移動経路を推定しました。イカ男としては自信作だったのですが、あまりに多くの粒子が太平洋側へ流れているため、この実験じたいを疑問視する研究者もいました。たしかに当時のイカ男にもこの点については明確に答えることができませんでしたが、ようやくはっきりしました。少なくとも10年以上前は、台湾北部でふ化したケンサキイカは多くが黒潮によって列島太平洋沿岸を流れ、関東東部沖から黒潮続流にのって太平洋へ向かい、ほとんどが他生物の餌になっていたのです。しかし、近年は黒潮が北偏し、仙台湾や三陸沖まで生きたまま流れ着くようになり、輸送される資源が見える化しました。もし、黒潮の北偏がなければ、イカ男の研究はこのまま疑問視され続けていたかと思うと、研究者としては幸運だなあとおもいます。

 

黒潮北偏は太平洋の水温上昇が関係していると考えられています。太平洋西部を時計回りに流れる黒潮システムが全体的に北上しているわけです。この結果、黒潮の一部が流れ込む日本海では対馬暖流も全体的に北偏しています。特に、東韓暖流とも呼ばれる対馬暖流第3分枝は朝鮮半島の東岸を北朝鮮沖まで北上しています。なので、多くの魚類やイカ類が輸送されている可能性があります。中国漁船が北朝鮮のEEZで操業を始めたのは、おそらくこれらの漁獲を狙ってのことでしょう。スルメイカもその1つに違いありません。情報はほとんどありませんが、かの海域でも仙台湾や三陸沖と同様に生態系が激変しているのかもしれません。

海流図(気象庁HP)

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