14. 寒冷レジーム期の不漁原因

近年スルメイカの不漁は厳しさを増すばかりですが、少なくとも1965年以降その漁獲量は増減を繰り返してきました。特に、1970年代後半からの約10年間は急激な減少期。原因は、日本海における対馬暖流域の寒冷化と考えられています。北太平洋の水温には、10年から数十年規模の変動するレジームシフトと呼ばれる現象が認められていて、スルメイカやイワシ類、スケトウダラなどが影響を受けるといわれています。1980年代後半になると、寒冷レジームから温暖レジームへと変化し、スルメイカの漁獲量は急速に回復しました。しかし、2000年代前半をピークにしてまた減少。またレジームシフトが起こって、寒冷期に逆もどりしたのでしょうか。ただ、日本周辺の海水温が低くなったというデータはなく、むしろ海水温は上昇しているはずです。では、なぜ近年スルメイカの漁獲量は減少しているのでしょうか。ここでは、各レジーム期におけるスルメイカの再生産と資源量について考えていきます。

 

対馬暖流の3分枝(概念図)

本題に入る前に、ひとつ大きな仮説を受け入れてもらう必要があります。再生産を考える上でもっとも重要な仮説、つまり親子関係。生まれた子がどのような素性の親から生まれたか、ということです。成熟したスルメイカは秋から冬に、対馬海峡と東シナ海の大陸棚で漁獲されることから、この海域が主な産卵場であると考えられています。だとすると、親となる個体は日本海南部から対馬海峡に至ったはず。多くの研究者は、夏に北海道周辺にいたイカが日本海を南に下って成熟したと想定していますが、イカ男は違います。もちろん、そのような個体もいるかもしれませんが、多くは対馬海峡のすぐ近くの日本海で夏を過ごしたと考えられます。ずばり、対馬海盆の海域です。対馬海盆は鬱陵島や竹島の南側、隠岐の北西側に位置する海底盆地で、日本と韓国の排他的経済水域の双方にまたがっています。この海域には、対馬暖流の第1分枝と第3分枝に挟まれるように第2分枝が流れています(上図)。第2分枝は経路が不安定で、対馬海盆の海域には頻繁に温暖渦と寒冷渦が発生します。この渦構造には北上して来た小魚やイカがトラップされてよい育成場になっているということです。実際、夏から秋にかけて、この海域から朝鮮半島沿岸域はスルメイカの好漁場になります。産卵群として回帰するスルメイカは対馬海盆で越夏するという、イカ男の仮説を受け入れていただけたら、寒冷レジーム期から温暖レジーム期、そしてその後の漁獲量の変化をかなり矛盾少なく説明できます。

 

上の図はKidokoro et al. (2010)からの引用で、寒冷レジーム期(左図)と温暖レジーム期における親イカの産卵回帰を示しています。親イカの夏の索餌海域を日本海北部に想定してあり、温暖レジーム期(右図)に親イカがなぜか西(左方向)に移動した後、南下しています。温暖期の対馬暖流第3分枝に真っ向から逆らって南下するのはたいへんです。それよりも、対馬海盆からそのまま南下する方が簡単のはず。ただし寒冷期には、対馬海盆の南部に偏在していたと考えられます。その頃は対馬海盆の全体に広く分布していたわけではなかったのです。このために韓国では日本に比べてとても少ない漁獲量でした。越夏する海域が対馬海盆の南部に限られていたため、産卵場は対馬海峡ではなく、主に山陰沿岸の大陸棚とその東に形成されたのでしょう。スルメイカの分布が対馬海盆全体に広がっていなかった理由は次のとおりです。もし、対馬海峡でも親イカが産卵し、ふ化した幼生が対馬暖流によって日本海へ運ばれたとしましょう。しかし、寒冷期には第3分枝の勢力が非常に弱かったことが知られています。おそらく多くの稚イカは第1分枝か第2分枝で輸送されたはずです。しかも、日本海北部の寒流からの影響で、両分枝とも南偏していたと考えられます。そうすると、稚イカは本州に沿うように北上し、対馬海盆の渦構造でトラップされるのはごく少数でした。そして、海域も南部に限られていました。その結果、再生産に加わる個体が減少し、スルメイカの資源量は減ったのです。スルメイカの産卵場と対馬暖流の流路から考えると、韓国の漁場への新規加入が少なく、日本に有利なのは明らかですね。また、産卵場が対馬海峡南部や東シナ海の大陸棚に形成されていなかったので、1985年前後の寒冷期に太平洋側でスルメイカが獲れなかったのも当然です(下図)。太平洋側で獲れるのは、五島以南を通る黒潮によって幼生が輸送された結果ですから。

冬生まれ群(日本では主に太平洋沿岸で漁獲)の漁獲量変化(水産庁資源評価HPから)

 

寒冷レジーム期において、スルメイカの資源量が減少し、特に太平洋沿岸と韓国での漁獲量が異常に少なかった理由は、対馬暖流の勢力が弱まったため、対馬海盆の渦構造にトラップされる個体が減り、その結果、産卵回帰する親イカが減少、しかも山陰沿岸に偏在していたから、というのがとりあえずの結論です。さて、次回は温暖レジーム期とその後です。お楽しみに。

 

  • H Kidokoro, T Goto, T Nagasawa, H Nishida, T Akamine and Y Sakurai (2010) Impact of a climate regime shift on the migration of Japanese common squid (Todarodes pacificus) in the Sea of Japan. ICES J Mar Sci 67: 1314-1322.

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