2. イカの声を聴け
近いうちに飛行機に乗る方や航空業界の方には面白くない話になってしまいますが、飛行機にはブラックボックスといわれる機器が搭載されていて、墜落事故などの場合、その原因を解明する手掛かりになります。イカ類の頭部にも似たような器官があり、それは平衡石とよばれる炭酸カルシウムの塊です。図のように1対の平衡胞のなかにそれぞれ納まっていて、ケンサキイカの場合、大きさは1㎜くらい。もちろん彼らにとっては平衡感覚をつかさどるための器官なのですが、イカ男にとってはフライトデータレコーダーの役割を果たします。
平衡石はイカの日周運動にともなって日々大きくなりますので、断面には木の年輪のような同心円状の模様が見えます。白い部分は代謝が活発な夜間に、黒い部分は休憩している昼間にできたものだとイカ男は考えます。なので、漁獲されたイカから平衡石を取り出して、輪紋(≒日輪)を数えると、日齢が分かり、ふ化日を推定することができます。イカは日齢をごまかせないのですね。
平衡石の成分はほぼカルシウムですが、結晶ができるときに、ある特定の割合でストロンチウムが入り込みます。元素周期表には、カルシウムのすぐ下にストロンチウムがありますね。性質がよく似ているので、結晶構造のなかに紛れ込みやすいのです。そして、その「特定の割合」は水温で変化することが分かっています。つまり、炭酸カルシウム(アラゴナイト結晶)のなかの、カルシウムに対するストロンチウムの割合(Sr/Ca比)は水温によって変化するのです。この現象を利用して研究された事例のひとつに、サンゴ骨格を用いた古海水温の復元があります(Beck et al. 1992)。
つまり、平衡石の中心(核部)から端っこ(縁辺部)に向かって、細かくSr/Ca比を調べれば、ふ化から漁獲直前までにそのイカが経験した水温を日齢にそって推定することができることになります。まさに、「フライトデータレコーダー」ではありませんか。と、自慢したいところですが、もちろんイカ男が発見したことではありません。海外では40年近く前から使われている研究方法です。日本で初めて本格的に採用したのは池田譲先生(現琉球大学教授)でした(Ikeda et al. 2003)。スルメイカの平衡石を用いて日本海での移動を推定し、この研究方法の有効性を示されました。つまり、イカ男が所属していた水産試験場の副所長が、この池田先生の記事を読んで、あっと閃いたことがすべての始まりだったわけです。イカ男は言うまでもなく、時を置かず、夏苅豊先生(元長崎大学名誉教授)から平衡石の輪紋解析技術を、池田先生からSr/Ca比分析技術を学ぶことになりました。
- Beck J.W., R.L. Edwards, E.Ito, F.W.Taylor, J.Recy, F.Rougerie, P.Joannot, C.Hrnin. Sea-surface temperature from coral skeletal strontium/calcium ratios. Science, 257, 644- 647, 1992.
- Ikeda Y, Arai N, Kidokoro H, Sakamoto W. Strontium: calcium ratios in statoliths of Japanese common squid Todarodes pacificus (Cephalopoda:Ommastrephidae) as indicators of migratory behavior. Marine Ecology Progress Series, 251, 169−179, 2003
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