3. 早春の風物詩
今は2月下旬。インターネットで釣果情報を見てみると、長崎や佐賀の沿岸でヤリイカ(地方名ササイカ)が釣れているという報告が目立ちます。今が旬!という言葉どおり、対馬海峡周辺では毎年2月から3月にかけて、ヤリイカがまとまって姿を現します。逆に、それ以外の季節にはほとんど見かけることがありません。
ヤリイカは底棲性が強いとはいえ、あまりにも漁獲の季節性がはっきりしています。東北地方では、底引き網によって夏でも漁獲されることがあるそうですが、対馬海峡ではそのような話をほとんど聞きません。もし私の研究が正しければ、そのすべてではないにしろ、かなりの数のヤリイカが、この時期に限って対岸の朝鮮半島南部周辺から来遊している可能性があります。普段は見えない場所にいる個体が、産卵期に合わせて沿岸へ集まってくる――そう考えると、この季節だけ漁獲が集中する理由も見えてきます。
では、普段は底で静かに生活しているヤリイカが、どのタイミングで移動を始めるのでしょうか。前回のブログでは、台風による水温の鉛直混合の痕跡が平衡石に残っていることを紹介しました。一見すると、このような環境変化が移動のきっかけになったようにも思えます。しかし、急激な水温上昇が直接の原因であれば、もっと早くその場を離れていたはずであり、あれほど明瞭な高水温の痕跡は残らなかったはずです。つまりヤリイカは、水温変化に動揺して逃げ出したのではなく、その後もしばらく底棲生活を続けていたと考えられます。
ヤリイカが移動を始める理由は、ある意味では明らかです。産卵のために、沿岸の岩礁域へ向かう必要があるからです。しかし、なぜ沿岸の岩場なのかと問われると、簡単には答えられません。おそらくそれは進化の歴史に深く根ざした行動なのでしょう。イカ類はもともと中生代に、テチス海と呼ばれる浅い海で進化した生物であり、祖先の時代から、岩礁などの構造物に産卵する性質を受け継いできた可能性があります。その結果、現代のヤリイカも、成熟期になると、特別な意識を持たずとも沿岸へ向かう行動を示すのかもしれません。沿岸の岩礁や藻場は、ふ化した稚イカにとって格好の隠れ場所となり、捕食者から身を守りながら成長できる環境でもあります。
では、ヤリイカはどのようにして沿岸の方向を知るのでしょうか。ケンサキイカやスルメイカでは、海流を利用した長距離移動が知られています。そこで、イカ男もこれらのイカと同様に、コンピュータシミュレーションによる粒子追跡実験を行いました。しかし、その結果は予想とは異なるものでした。粒子の多くは対馬暖流によって北上し、朝鮮半島南岸から対馬海峡を横断して九州沿岸に到達する粒子はごく僅かでした。つまり、海流による受動的な輸送だけでは、ヤリイカの海峡横断を十分に説明することはできません。
そこで考えられるのが、ヤリイカ自身が移動の方向を探りながら移動している可能性です。ヤリイカは底棲性が強いことから、その手掛かりは海底にあると考えられます。ここで注目したいのが、海底の深さの変化、すなわち深度勾配です。海底は一般に、沖合ほど深く、沿岸ほど浅くなっています。もしヤリイカが海底付近を移動しながら、わずかな傾斜や圧力の変化を感じ取ることができるのであれば、浅い方向へ進むという単純な行動だけで、結果として沿岸へ向かうことができます。これは特別な方向感覚を必要とせず、底棲性の強いヤリイカにとって、きわめて合理的な移動方法といえるでしょう。朝鮮半島南岸沖の海底で生活していた個体の一部は、このような深度勾配に沿った移動によって、東に位置する九州北西部の沿岸へと到達したのかもしれません。
こうして浅い海域に近づいた個体は、やがて岩礁や藻場といった構造物の多い場所に到達します。そこでは身を隠すことができるだけでなく、産卵に適した環境も見つかります。つまり、深度勾配は沿岸への大まかな方向を示す手掛かりとなり、岩などの構造物は最終的な産卵場所を決める目印として機能しているのかもしれません。移動期に入ったヤリイカは広い意味では海流を利用しながらも、海底の地形と構造物を頼りに、産卵に適した沿岸環境へと集まってくる――対馬海峡の早春のヤリイカシーズンは、こうした行動の結果として現れているのではないでしょうか。

