18. そして、クワインへ
イカ男が今いちばん関心をもっている哲学は、ウィラード・ヴァン・オーマン・クワインのホーリズム(全体論)です。クワインは日本ではそれほどメジャーな哲学者ではないかもしれませんが、1996年に京都賞を受賞した世界的な哲学者です。日本語で読める分かりやすい翻訳書や紹介書はそれほど多くなく、イカ男は主に丹治信春氏の著書『クワイン』を通じてその思想を知りました。本来、クワインの哲学は言語哲学と科学哲学を中心としたかなり深い議論で構成されています。ですから、理解はおそらく一知半解に過ぎないとは思うのですが、それでもクワインのホーリズムという考え方には、自分の感覚に近いものを感じました。
ホーリズムとは、単に部分を積み上げて全体を作るという考え方ではありません。むしろ、全体の構造のなかで部分の意味や役割が決まるというイメージに近いものです。ただし、ガチガチの全体主義というよりも、全体がゆるやかに細部を包み込みながら内部構造を支えている感じです。そのため、どこか一部に不具合が見つかっても、それだけで全体構造が崩れてしまうわけではありません。多少の修正で周辺の構造はほぼ無傷のまま維持されますし、大きな修正が必要になったとしても、適切な改変が行われるまで全体が構造を支え続けます。
この状況を説明する比喩としてよく知られているのが、「航行中の船は海の上で修理しながら進み続けるしかない」という考え方です。これは本来、哲学者オットー・ノイラートが用いた比喩ですが、クワインもこのイメージを好んで引用しました。私たちは一度も完全にドックに入って理論体系を作り直すことはできず、すでに動いている知識の体系を少しずつ修理しながら使い続けるしかない、というわけです。
また、観測データだけでは、どの理論が正しいかを一つに決めることはできません。同じ観測でも、いくつもの理論で説明できるからです。そこで科学では、観測結果だけでなく、既存の理論や知識も含めた全体の体系の中で、もっとも整合的に説明できる理論を選びます。クワインは、このように科学が単独の仮説ではなく、互いに支え合う理論のネットワークとして成り立っていると考えました。
その意味では、科学の中に絶対に修正されない不可侵の理論があるわけではありません。観測事実と矛盾が生じたとき、どの部分を修正するかは原理的には自由であり、理論体系のさまざまな部分が調整の対象になり得ます。科学は、無数の仮説が網の目のようにつながった構造として成立しているのです。
では、科学もまた空中楼閣のような相対的な理論にすぎないのでしょうか。
クワインの考えは必ずしもそうではありません。確かに科学は仮説の体系ですが、その体系は最終的には私たちの経験、つまり感覚を通じた観測データによって現実と結びついています。観測は理論体系の全体に対して働きかけ、そのどこかを修正させます。言い換えれば、科学理論は仮説のネットワークでありながら、その周辺は私たちの経験世界と接しており、その関係のなかで少しずつ改良されていくのです。
たとえば、DNAを用いた分子生物学も、決してそれだけで成立しているわけではありません。道端で見つけた雑草であっても、図鑑を調べれば必ずどこかに記載されているはずだという、生物学の膨大な知識体系への信頼のうえに成り立っています。つまり、最先端の研究であっても、その背後には、長い時間をかけて積み上げられてきた分類学や観察記録のネットワークが広がっているのです。もちろん、もし図鑑に載っていなかったとしたら、それは新種の可能性もありますから、とても幸運な発見ですね。いずれにしても、新しい研究は既存の知識体系と切り離されて存在しているのではなく、その中に組み込まれながら進んでいくのです。

