3. 頭より運?

ある種の数値分析結果がまとまって、研究者仲間で共有できたとします。これがいわゆる「客観的なデータ」でした。ここからそれぞれの研究者が導き出す結論は、同じでしょうか? 演繹的な作業を続けるのであれば、ほぼ同じ結論が出なければおかしいですが、帰納的な作業であれば、10人の研究者から10通りの結論が出てもおかしくはありません。なぜなら、帰納法は、断片的なデータや観測結果から、個人の創造力によって、その背後にある連続的で包括的な説明をしようとする試みだからです。

その昔、イカ男が対馬東水道で漁獲されるケンサキイカの移動について考え込んでいた時、伊豆諸島でもケンサキイカが漁獲されたことを知り、黒潮にのって移動しているのではないかというアイデアを得た話は以前ブログでご紹介しました。その後すぐに、東京都の担当者からケンサキイカの年別漁獲量を教えてもらい、佐賀県での漁獲量と比較したところ、正の相関(相関係数=0.5)が見られました。化学実験や室内試験の結果に比べれば強い相関ではありませんが、日本列島の西側と東側の漁獲量の関係ですから、これには十分意味があるとイカ男は確信しました。つまり、ケンサキイカは東シナ海から北上し、対馬海峡方面と太平洋沿岸方面へ分かれて移動すると。イカ男は大興奮して、知り合いのイカ研究者(Aさん)に電話をしましたが、Aさんは冷静に、そのことには気づいていた。全国的にイカの繁殖に適した環境だったのだろう、と答えました。つまり、ケンサキイカはそれぞれの海域で独立に成熟・産卵・ふ化しているのだが、年によって繁殖に有利だったり不利だったりするので、結果的に正の相関があるのだ、ということでした。イカ男は、少々がっかりしましたが、それでもケンサキイカが東シナ海から来ているという確信はゆるがず、その後地道に平衡石を分析することによって、当初のアイデアを検証したと考えています。

漁獲量の推移(a)と相関関係(b)(Yamaguchi et al. 2018)

Aさんは「ケンサキイカ地域発生説」に基づいて漁獲量の変化を説明していましたが、近年では漁獲量が激減したところもあれば、急に獲れだしたところもあって、これらを1つひとつ説明するのはお手上げのはずです。それよりも、海洋の温暖化によって海流が変化し、来遊する資源の分配が変化したと考えるほうが、はるかに納得できる説明だと思います。では、研究者として、イカ男はAさんよりも優秀だったのでしょうか。もし、イカ男の仮説が今後の検証にも耐え、多くの研究者に支持されたとしたら、研究者として優秀だったと言えるかもしれません。ただし、「頭が良かった」のかと問われれば、何とも言えません。なぜなら、イカ男はAさんが考えたような、イカの繁殖に適した年というアイデアをまったく思いつかなかったからです。もし、このアイデアも思いついて、両者を注意深く考慮した結果、「海流移動説」を選択していたら「頭が良かった」のかもしれませんが、実は単に運が良かっただけのような気がしています。イカ男もAさんも、たまたま最初に浮かんだアイデアに固執して、それに基づいて研究を進めただけだったのかもしれません。

帰納法はしばしば、発見的な思考法と呼ばれるのですが、思いついた仮説が結果的に何かしらの発見である確率は極めて低いでしょう。さらに、その仮説は、少なくとも最初は、誰にも理解されない可能性があります。まして、広く一般に受け入れられる定説となるためには、他の多くの仮説との壮絶な「生き残り競争」に勝たなくてはなりません。論文に掲載された仮説のほとんどは忘れ去られ、ごく一握りの仮説だけが暫定的な「定説」として生き残れるのです。しかし、イカ男は研究者として、この過酷な生存競争に参加することが楽しくて仕方がありません。できるかぎり、現役として参加したいものです。

  • Yamaguchi T, Aketagawa T, Miyamoto M, Hirose N, Matsuyama M. The use of statolith analyses and particle-tracking experiments to reveal the migratory routes of the swordtip squid (Uroteuthis edulis) caught on the Pacific side of Japan. Fisheries Oceanography. 27, 517–524, 2018.

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