20. ブドウイカのその後

ブドウイカ(秋に獲れるケンサキイカの季節変異型)は、シーズンを過ぎると、その後どうなるのでしょうか。

冬になると、日本海はもちろん対馬海峡の水温もぐっと下がります。イカ男が以前ケンサキイカを飼育したとき、16℃くらいまではなんとか水中を漂ってくれましたが、15℃以下になると水槽の底で動かなくなってしまい、餌をまったく食べず、数日後に死んでしまいました。水温が低くて死んでしまったのか、死に餌(冷凍アジ)になじめず死んでしまったのか、直接の原因は分かりませんが、16℃より水温が下がると運動量が劇的に落ちることは間違いないです。日本海では南部でも1月を過ぎると水温が16℃以上の海域はほとんどありません。おそらく、山陰沿岸にいた「巨大ブドウイカ」は成熟することなく弱ってしまい、魚などに食べられると思われます。

鉛直水温分布の変化(日本海南部の大陸棚)

ただ、対馬海峡では秋から冬になると、鉛直混合によって底層水温が16℃をこえる海域がでてきます。そうなれば、ブドウイカの体内で成熟開始のゴーサインが出るはずです。むかし、まだケンサキイカの資源量が多かった頃、少数ながらも「冬季来遊群」として成熟個体が漁獲されていたのは、このような成熟したブドウイカの生き残りだったと考えられます。しかし、今では資源量がすっかり減ってしまって、数が見込めないので、冬にわざわざ出漁する船はほとんどありません。

1月上旬の底層水温

しかし、成熟したブドウイカを見ることができる場所をイカ男は知っています。それは、相模湾(神奈川県)の定置網です。以前ブログで、相模湾では夏に成熟した大型のケンサキイカが獲れるという話をしましたが、冬も少数ですが成熟した個体をふくめケンサキイカが獲れます。東京都のHPでは伊豆諸島で漁獲されるケンサキイカについて、日本海で獲れるブドウイカに似た体型をしていると説明していますが、似た体型というより、まさにブドウイカの生き残りです。ただし、イカ男が調べた大型個体の多くは成熟していました(未発表)。対馬海峡では時間帯によって南下流が生じる場所があり、たまたまそこにいた個体は南に下ることができます(論文投稿予定)。なので、対馬海峡から天草海をへて黒潮で移動してくる途中で、成熟したのでしょう。なぜこれらの個体がブドウイカの生き残りだと分かるのか、それはまず、調べた個体が4月生まれであるにも関わらず、1月末まで産卵していないからです。東シナ海のような温かい海域で過ごしていれば、11月頃に成熟して産卵を済ませ、すでに死んでいるはずです。よほど成熟しにくい海域にいたと考えられます。また、平衡石のSr/Ca比を測定したところ、日本海や対馬海峡のサンプルとほぼ同じような変化(経験水温の変化)を示しました。

対馬海峡から黒潮に向かう南下流(2021年1月2日4時頃)

要するに、ブドウイカのその後はあまり明るいものではなく、むしろ「末路」と呼ぶ方が適当な気もします。実際、ブドウイカが正常に成熟し、産卵するようになるには、日本海南部が東シナ海南部のような環境にならなければなりません。地球温暖化が問題になっている今、そのような過激な環境変化を望む人はいないでしょう。ブドウイカがこのままブドウイカとしての末路を歩むのは、我々人間にとってはありがたいことなのかもしれません。

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