1. マクロ経済を語る

イカ男がマクロ経済を語る、イカ男と経済は一見まるで関係がないと思われるかもしれません。しかし、イカが水産業のなかで重要な魚種のひとつであり、その漁獲量の動向が注視されるからこそ研究の必要性が生じるていることを考えると、関係は大ありなのです。

 

実際に、イカ男がケンサキイカの研究をしていたころ、地元漁業者の漁獲量が減り、収入も減り、大問題になりました。そこで県水産局の上層部が、漁業者の収入を県職員並みにするという目標を掲げたのです。これは2つの点でとんでもない目標だと思いました。まず、事前の調査で分かった漁業者の収入は(金額をそのまま信じると)、もはや生活保護を受けなければならないほどのレベルだったので、これを県職員並みに引き上げるのは無茶苦茶ハードルが高かったこと。さらに、公務員が特定の漁業種類や漁業者にターゲットをしぼって、彼らの収入を引き上げることを目的に公務を行ってよいものかという倫理的問題でした。いずれにしても、イカ男をふくめた研究職員も動員され、ブランド化を含めた流通戦略の改善を命じられたのです。さらに言われたのが、即効性のない調査・研究よりも、流通戦略を優先せよ!

 

これらは当時(今も?)流行っていた地域創生の類です。どの都道府県も、もはや何匹めか分からなくなった「ドジョウ」を求めて競い合っていたあの例のやつ。結果的に、初期に成功した関係者や怪しげなコンサル、ちょっと名のある専門家の収入を増やしただけだったような気がします。イカ男はシンプルに、地域経済がよくなってレストランや料亭からの需要が多くなれば、結果的に漁業者の収入がアップするので、漁業じたいをどうにかするより、地元のほかの産業を活性化し、その人たちの収入を増やした方がいいと思っていました。イカ男が会議でそれを指摘しようとしたところ、お前は必要ないからここから出ていけと課長に言われてしまいました。

 

なぜ、イカ男が確信をもってそこまで言おうとしたかというと、イカ男は大学の頃理学部で生物学を専攻していましたが、もっとも親しくしていた友人が経済学部で、よく経済の話をしていたからです。彼はのちに東大教授になったほど優秀だったので、イカ男にとってはかなりの耳学問になっていたと思います。そして、その後もそれなりに経済のことを気にかけていました。

 

イカ男が就職してからの90年代はいわゆる「失われた10年」で、バブル崩壊のあと、金融機関の破綻、就職氷河期などがありました。せっかく山一證券に就職したのに破綻したため、実家に戻ってきたという若い漁業者もいました。失われた10年の原因分析の本が平積みになっていた次の10年間も経済は回復することなく、「失われた20年」になってしまいました。21世紀になって「構造改革」が流行語になるほど産業構造の変化が進んだのですが、国民の所得の合計であるGDPは横ばいのままで推移し、結局リーマンショックで経済はすっかりへこんでしまったのです。平成最後の10年間はご存じのとおり、東日本大震災や原発事故、中国の台頭で経済回復どころか、先進国として存続できるかどうかさえあやしくなるほどの状況になってしまっています。「失われた30年」から「失われつつある40年」に突入しています。

 

「まっくろ経済学」では、イカ男が地方自治体の技術職員だった視点から、平成時代を中心に、水産業を含めた日本の経済について幅広く振り返ってみたいと思います。

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