3. 灯台下暗し

縮小しているのは漁場だけではありません。調査研究できる海域も確実に縮小しています。東シナ海南部にある尖閣諸島の周辺海域での調査がすでに不可能なのは言うまでもありませんが、日本海での調査もしだいに難しくなっています。

 

尖閣諸島周辺は黒潮の湧昇流海域にあたり、東シナ海において最も栄養塩の供給能力がある場所です(Zhan et al. 2019)。この栄養塩は、植物プランクトンのエネルギー源で、これを材料にして光合成によってブドウ糖がつくられることから、まさに海の「肥料」といえます。太陽光が入り込む表層では日中のさかんな光合成で、どんどん栄養塩は減少していきます。なので、豊かな生態系を維持するためには、減少していく栄養塩に追いつくほど、栄養塩を補給する必要があります。栄養塩は太陽光が達しない深海から供給されなければなりません。したがって、黒潮が大陸棚にぶつかり、その結果深海からの湧昇が発生する尖閣諸島の周辺はとても重要なのです。

 

それに似たような海域が日本海にもあります。それは対馬海盆です。対馬海盆は朝鮮半島の東側で、山口県と島根県の沖にあるお盆のような海底地形の海域です。この海域は山陰沖の比較的近くにあるにも関わらずあまり知られていません。対馬海盆にはしばしば暖水渦と冷水渦が発生するため湧昇流が発生し、豊かな生態系が形成され、小魚やイカ類が多数生息しているそうです(Watts et al. 2006, Yu et al. 2018)。この海域は韓国ではとてもよく研究されていて、海洋物理系の研究者も水産系の研究者もよく知っています。ところが、日本の水産系の研究者はこのことをほとんど知りません。たしかに、対馬海盆の西側(左側)にはウルルン島があり、韓国の領海です。しかし、東側には竹島があり、日本の領海であるはずです。

 

イカ男が知っている韓国のS教授によると、まだ海洋数値モデルによるシミュレーションがなかった30、40年前、対馬海盆の海洋構造は謎だったそうです。そこで、ウルルン島周辺でおこなった韓国の海洋観測結果と、竹島周辺でおこなった日本の結果を突き合わせて初めてそこに暖水渦と冷水渦が対をなして発生していることを明らかにしたということです。その後、韓国は観測によってデータを蓄積し続けているのですが、日本はいつの間にか竹島周辺の調査から撤退し、水産庁が発表する水産生物などの生息図では、対馬海盆の海域は白紙状態になりました。しかし、韓国はこの海域の重要性をよく理解しています。今年(2022年)5月29日には、竹島周辺の日本のEEZ(排他的経済水域)で、韓国の国立海洋調査院に所属する調査船が海洋調査を実施していたことが確認されました。

対馬海盆海域に発生した暖水渦と冷水渦(DREAMS)

このように、水産系の研究者は日本海の水産生物を対象にしているにもかかわらず、対馬海盆の海洋環境に注意を払ってこなかったのです。このようなことでは次世代の水産系研究者は対馬海盆の存在さえ気づかないでしょう。なぜ日本は竹島周辺海域の調査をやめてしまったのでしょうか。韓国を刺激しないように配慮したのでしょうか。対馬海盆と山陰沿岸の近さを考えると、対馬海盆の渦構造が水産生物の移動に与えている影響は計り知れないと思います。東シナ海から対馬海峡を通過して日本海に入った魚類やイカ類の一部は、確実に対馬海盆の渦構造にトラップされています。その豊かな生態系で成長した個体が対馬暖流によって大和堆や日本の沿岸海域に運ばれているはずです。

 

  • Jing Zhang, Xinyu Guo, Liang Zhao (2019) Tracing external sources of nutrients in the East China Sea and evaluating their contributions to primary production. Progress in Oceanography 102122
  • Watts, D.R., Wimbush, M., Tracey, K.L., Teague, W.J., Park, J., Mitchell, D., Yoon, J., Suk, M., Chang, K., J.-H. (2006) Currents, Eddies, and a “Fish Story” in the Southwestern Japan/East Sea. Oceanography 19(3): 64–75
  • Hyo Jae Yu, Jin-Koo Kim (2018) Upwelling and eddies affect connectivity among local populations of the goldeye rockfish, Sebastes thompsoni (Pisces, Scorpaenoidei) Ecology and Evolution 8:4387–4402

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