1. 火花散る日本海
スルメイカは日本でいちばんポピュラーなイカで、実際に英語でJapanese common squid と呼ばれたりします。日本海側では北海道から長崎県にかけて、太平洋側では北海道から三陸にかけて、その沿岸と沖合で広く大量に漁獲されます。なので、近年漁獲量が減ったため全国的なニュースになりました。
水産資源として特に重要だったスルメイカは他のイカ類に比べてはるかに詳しく調査研究されてきました。もっとも重要な研究は、平衡石の輪紋を解析して各海域で漁獲される個体のふ化日を推定したことです。この結果、日本の周辺海域で漁獲されるスルメイカの寿命は1年未満で、その多くは秋と冬にふ化していることがわかりました。さらに太平洋で漁獲されて個体のほとんどは冬(1月~3月)にふ化していました。日本海の個体の多くは秋(10月~12月)でしたが、冬にふ化した個体も少なくありませんでした。
秋と冬に成熟した個体が漁獲される海域は、それぞれ山陰沿岸から対馬海峡、東シナ海北東部(天草灘やトカラ海峡、大隅海峡の西方)の大陸棚海域で、これら海域は室内実験で推定されたスルメイカの成熟と産卵の環境条件に適合します(Sakurai et al. 2013)。秋にふ化した個体(秋生まれ群)のほとんどは対馬暖流で日本海へ運ばれる一方、冬にふ化した個体(冬生まれ群)のなかには黒潮で太平洋沿岸へ運ばれるものもいるし、対馬暖流で日本海へ運ばれるものもいるということになります。
だたし、スルメイカの産卵海域は秋から冬にかけて北から南へ移動するので、親になる個体は、秋生まれ冬生まれに関わらず、日本海方面から対馬海峡へアプローチすると考えられます。なので、日本海におけるスルメイカの漁場と漁獲量には特に注意する必要があります。
ところが日本海におけるスルメイカの漁獲状況はあまりよく把握されていません。もちろん、日本や韓国の漁獲量はおおよそ報告されているのですが、厄介なことに、日本海は4つの国の経済的排他水域(EEZ)に分かれています。さらに、2004年から北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が中国(中華人民共和国)に自国のEEZ内で操業する権利を売り渡し、中国船がスルメイカを大量に漁獲しているという話があり、事実上5か国で競合していることになりました。中国が参入してきたことによる影響がどれほどなのかはまだよく分析されていません。
したがって、「日本海」という馴染みのある名称とはうらはらに、私たちが把握している日本海は実際の半分に満たないと理解しておくほうが賢明です。いま近隣諸国との軍事的な緊張が高まりつつありますが、日本海の水産資源については知らない間に熱い火花が散っていたのです。
- 令和 3(2021)年度スルメイカ秋季発生系群の資源評価(水産研究・教育機構 水産資源研究所 水産資源研究センター)水産庁HP
- Sakurai, Y., Kidokoro, H., Yamashita, N., Yamamoto, J., Uchikawa, K. & Takahara, H. (2013) Todarodes pacificus, Japanese Common Squid. In Advances in Squid Biology, Ecology and Fisheries. 2nd ed by R. ed by G. Rosa Pierce, R. O’Dor Eds., Nova Science Publishers, Inc., New Yolk, p 249–271
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