7. スルメイカ漁獲量の減少要因(乱獲以外)
最近Wikipediaで「スルメイカ」を読んでいたら、『近年のスルメイカは北に分布域を拡大し、米国アラスカ州からカナダ西部の近海にまで達している。一方、南に目を転じれば、昔は日本から輸入していたベトナムにも及び、今は多数が生息している』と書かれていました。前半は容易に納得できましたが、後半のベトナムでも漁獲されているという情報には驚きました。Wikipediaの情報には誤りが多いと聞いていますので、ただちに信じるわけにはいきませんが、本当であれば聞き捨てならないことです。
前回のブログでも紹介しましたが、スルメイカが香港で漁獲された記録は事実です。それは、黄海周辺で成長した個体が秋から冬に中国沿岸流で南下し、台湾海峡を通過した考えれば合理的に説明できました。なので、南シナ海のベトナム沿岸まで到達する個体がいたとしても不思議ではありません。しかし、『多数が生息している』という表現は「見つかった」というレベルではありません。もしかしたら、漁業対象になるほどの量かもしれません。
前回の報告で、台湾北部海域でランダムサンプリングしたイカのなかにスルメイカ1個体を見つけて、大興奮したこともお伝えしました。極めてレアなので、とてもラッキー!と大興奮で書いてしまいましたが、よく考えてみたら、イカ男のような徳のない者にそうそう幸運が訪れるはずがありません。実は、研究者が知らないうちに南シナ海や台湾海峡、台湾北部海域でスルメイカの分布が増加していたのかもしれません。いや、むしろそう考えてみる方が正解なのかもしれません。
つまり、スルメイカは夏の間、黄海周辺に想像以上に生息している可能性があります。稚イカの時期に黄海へ移動しているのであれば、対馬海峡の西水道(朝鮮半島と対馬の間)や済州島南部海域でふ化しているはずです。東水道(対馬と九州北西部の間)でふ化したのであれば、対馬暖流によって日本海へ運ばれますし、東シナ海の大陸棚縁辺部でふ化した場合は、対馬暖流で日本海へ運ばれるか、黒潮で太平洋沿岸へ流されるでしょう。西水道周辺でふ化した稚イカは、リアス式海岸が発達した朝鮮半島南部沿岸を潮汐による影響で東西に行ったり来たりしながら、ある個体は日本海へ運ばれ、ある個体はチェジュ海峡を経て黄海へと運ばれたと考えられます。済州島南部海域であれば、そのまま直接黄海へと運ばれることが多いでしょう。
日本海や対馬海峡の水温が低かった「寒冷レジーム期」には、スルメイカの産卵場所は比較的水温が高い日本沿岸に限られていました。しかし、海水温が上昇した現在では、産卵場所が朝鮮半島沿岸まで北上した可能性があります。実際に、夏から秋にかけてスルメイカは日本海の朝鮮半島東岸にそって対馬海峡へ南下してきます。以前は対馬海峡の東水道まで南下しなければ成熟し産卵できなかったのが、今では途中の西水道でも産卵できるのかもしれません。イカは産卵したら、いわゆる「皮イカ」になって死んでしまいます。秋から冬にかけて長崎周辺海域で漁獲されるはずのスルメイカが劇的に減少した原因もここにあるのかもしれません。
さらに悪いことに、コンピュータシミュレーションによる実験結果によると、西水道からリリースした仮想粒子の多くは日本海の北部海域に流れ、日本の北海道周辺には到達しにくくなります。対馬暖流第3分枝(東韓暖流)の勢力が強化されたからでしょう。その結果として、日本沿岸での漁獲量が悪化することになったのではないでしょうか。
今回の内容はあくまでイカ男の想像ですので、真偽のほどは対馬海峡西水道における秋から冬の調査がまずは必要です。