32. スニーカーとストーカーは紙一重⁈

つい最近、東京大学大気海洋研究所の細野博士と岩田准教授の研究グループがとても興味深い論文(Hosono et al, 2024)を発表しました。ヤリイカ(Heterololigo bleekeri )の生殖行動が生まれ月によって変化するというものです。生殖行動が変化するのはオスの個体のみですが、それには理由があります。

 

以前から、成熟したオスにはメスに対するアプローチが2パターンあることが知られていました。まずオーソドックスなのは、メスが海底に卵塊を産み付ける直前に精莢(精子の入ったカプセル)を渡す行動パターンで、このような行動をするオスをコンソート(consort)タイプといい、大型の個体にみられます。しかし、成熟したオスといってもサイズは様々で、小型で成熟する個体もいます。このような個体は産卵直前のメスへのアプローチ競争ではたいへん不利です。そこで小型オスは、産卵を迎える前のメスにこっそり精莢を渡しておくという行動をとります。成熟前のメスであってもお構いなしです。このような小型オスをスニーカー(sneaker)タイプと呼びます。メスは渡された精莢を基本的に最期まで保持します。産卵直前にまわりにオスがいなかった場合、メスは精莢の精子をつかい、卵を確実に受精させることができます。つまり、小型オスにとってもメスにとってもウィンウィンの関係になるのです。実に賢い。岩田准教授はオスのヤリイカにはこの2種類の行動パターンがあることを報告していました。

 

今回の発表では、この2タイプの生まれ月が有意に異なるというものです。ところで、生まれた月のことですが、イカ類のふ化時期は平衡石と呼ばれる炭酸カルシウムの塊を使って知ることができます(詳しくは以前のブログを読んでください)。さて、オスのヤリイカは自分の生まれた時期を知っていて、それによってどちらのタイプに成熟するのかを決めるのでしょうか。そうではないですね(たぶん)。たとえば、ふ化時期によっては成長過程における水温が異なることがあるはずです。

 

ケンサキイカの場合、体成長と成熟がトレードオフの関係にあることを、以前ブログで茂木湾で漁獲された小型のケンサキイカを例にあげてお話ししました。茂木湾のイカは水深の浅い内湾の沿岸に迷い込んで、急に高水温を経験してしまい、小型のままで成熟した個体です。ヤリイカとケンサキイカは属こそ違いますが、見かけはそっくりで、遺伝的にかなり近い位置にあります。なので、遅い月に生まれたヤリイカは、成長過程の早い段階で高水温を経験することになり、若齢で成熟へのスイッチが入ってしまい、体成長が早く生まれた個体に及ばなくなるのでしょう。これがスニーカータイプにあたるとイカ男は考えます。

 

ところで、ホタルイカの場合、日本沿岸でみられるのはほぼ成熟したメスだけです。成熟したメスはそのうちに産卵をすませて死んでしまいます。なぜ受精できるかというと、沖合から沿岸へ接近するときに、成熟したオスからすでに精莢を渡されているからです。また、南シナ海フィリピンでみられるイカの多くは小型です。なので、おそらくスニーカータイプでしょう。とすると、実はスニーカータイプの繁殖行動をとる方が普通なのかもしれませんね。

 

  • Hosono S, Masuda Y, Tokioka S, Kawamura T, Iwata Y. (2024) Squid male alternative reproductive tactics are determined by birth date. Proc. R. Soc. B 291: 20240156. https://doi.org/10.1098/rspb.2024.0156

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