17. 「台湾のイカ」の正体?

以前ブログでも紹介したように、昨年9月、韓国の江陵(カンヌン)市でスルメイカのサンプリングをしました。当時、韓国の日本海側でも日本と同じく深刻な不漁。少ないながらも早朝に水揚げされたスルメイカを購入したあと、鮮魚店の店主に「台湾のイカ」を勧められました。台湾から輸入されたのは昨年が初めてだったそうです。見た目はスルメイカそっくりでしたが、店主によると、国内産よりは硬くて味が落ちるけれど、安いということでした。イカ男は、以前台湾北部の基隆市でケンサキイカをサンプリングした時、偶然スルメイカが1個体混じっているのを発見していたので、台湾で漁獲されたスルメイカかもしれないと思い、このイカも購入して持ち帰りました。

スルメイカ(左)と「台湾のイカ」

それから約1年、和歌山工業高等専門学校のDavin Setiamarga准教授のチームによる遺伝子解析の結果、この「台湾のイカ」はスルメイカではなく、アルゼンチンマツイカ(Illex argentinus)であることが判明しました。なるほど、台湾は南米でアルゼンチンマツイカを漁獲しています。それを台湾の業者が韓国に輸出したわけです。韓国の輸入業者は、そのイカがアルゼンチンマツイカであることを認識していたのだろうと思いますが、国内で流通する時にはただの「台湾のイカ」になってしまったと想像されます。実際、韓国では日本とちがい、イカの種名まで表示する義務はなく、一般の鮮魚店では大きく国内産と外国産に分けて販売されます。ただ、近年は漁獲量が減っているためか、国内産も日本海産と黄海産に分けられています。外国産については、韓国も南米でアルゼンチンマツイカを漁獲しているので、南米産や、前述の台湾産、さらに中国産などに分けられますが、一般の消費者はイカの種別に対するこだわりがないようにみえます。日本ではイカと言っても、スルメイカやケンサキイカ、アオリイカなど多種多様な素材を季節ごとに刺身などで味わいますが、韓国では主にキムチや干物など料理の素材としてスルメイカをたくさん使います。なので、スルメイカに似たイカであれば、あとはどこから輸入されたものか、どんな味か食感か、どれくらいの価格かで購入の判断をしているようです。

 

しかし、似てはいるけど種名のはっきりしないイカが流通していたら、どれくらいのスルメイカがどこで消費されているかとても紛らわしいですよね。もし、まったくスルメイカが漁獲されない国、たとえばフィリピンから輸入されたイカだったら、そのイカはスルメイカ以外の種だろうと想像できますが、台湾周辺はスルメイカの生息海域です。中国海域、特に黄海では確実に漁獲されています。しかし、イカ男が釜山市のチャガルチ市場でみた「中国のイカ」はスルメイカよりも「台湾のイカ」にそっくりでした。実際、中国も南米でアルゼンチンマツイカを漁獲しています。

スルメイカの生息海域(「新編 世界イカ類図鑑 ウェブ版 」より)

 

日本海や日本の太平洋沿岸では、これからしばらくスルメイカの深刻な不漁が続くと思われます。となると、いずれの国でも外国産の別種が高値で取引されることになるでしょう。近年、イカやタコの漁獲物に対する国際的な追跡可能性(トレーサビリティ: traceability)が重要視されるようになってきました(Gleadall et al. 2024)。トレーサビリティとは、生産から最終消費まで追跡が可能な状態をいいます。イカ男は頭足類のトレーサビリティを報告したこの論文でスルメイカを担当したので、まずは「台湾のイカ」がアルゼンチンマツイカであった事実を共著論文として報告し、次に東シナ海南部や南シナ海におけるスルメイカの分布を明らかにしていきます。そして、できればその漁獲物の流通も調べたいと思います。ご期待ください!

 

  • I.G. Gleadall, T. Yamaguchi et al. (2024) Towards global traceability for sustainable cephalopod seafood. Marine Biology 171:44. https://doi.org/10.1007/s00227-023-04300-6

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