20. 最後の砦
日本の太平洋側や日本海、対馬海峡で漁獲されるスルメイカが減少していることは、多くの方がご存じです。しかし、黄海では少なくとも昨年度まで、ある程度の漁獲量が維持されていることはあまり知られていません。黄海は朝鮮半島の西側にある、中国大陸とはさまれた海ですね。イカ男は一昨年(2022年)、韓国の黄海沿岸の漁港でスルメイカをサンプリングし、このイカがふ化した海域を研究しました。その結果、ふ化場所はおおよそ済州島(チェジュ島)の南部海域であることが分かりました(下図)。韓国の国立水産研究所にあたる機関の研究者と議論したところ、おおむね妥当との評価をいただいています。つまり、済州島南部海域でふ化した稚イカの一部がチェジュ海峡を北上して、黄海に漁場が形成されたのです。
逆粒子追跡実験結果
しかし、黄海に広がったスルメイカがその後どこで産卵するのかはまだ分かっていません。韓国の研究者や漁師さんの話だと、秋から冬にかけて黄海の韓国沿岸の水温が下がるので、漁場が中国海域まで沖合化するので、その後の追跡ができないのだそうです。この沖合化は、粒子追跡実験でも再現できるのでおそらく事実だと考えられます(下図)。そして、残念なことに、産卵場と想定されている東シナ海の東部海域に戻る粒子はありません。ただし、これはあくまで机上の計算結果であって、生物に直接当てはめるのは早計です。
そこで、その真偽を決める1つの判断材料があります。それは、黄海のスルメイカ漁獲量が今後も維持されるどうかです。日本海やその他の漁獲量が減少しているにもかかわらず、黄海での漁獲量が安定し続けるのであれば、独立した再生産サイクルが存在することになります。逆に、黄海でも漁獲が減少するようであれば、粒子追跡実験結果のとおり、黄海に流入したイカは死滅回遊(無効分散)群である可能性が高くなります。もちろん、黄海での過剰漁獲によって減少する場合もありますが。
仮に前者、つまり黄海のスルメイカが死滅回遊群であった場合(日本海などに生息する個体と同じ再生産サイクルで生まれた個体である場合)、現在なぜ黄海の漁獲量だけが維持されているのでしょうか。実際、日本海から対馬海峡へ産卵回帰する個体数は年々減少しています。そして、対馬海峡を横断して長崎沿岸でとれるスルメイカはさらに減少しています。イカ男は対馬暖流の勢力が強化されて、親となるイカが対馬海峡を横断できなくなっているのではないかと考えています。つまり、「越すに越されぬ大井川」のように、対馬海峡の西側海域で足止めをくらっているのではないか。資源量は減っているものの、横断待機個体が増えたために、結果的に韓国側では産卵個体が維持されているのではないかと考えられるのです。ただし、全体の資源量がさらに減少すれば、いずれ韓国側での産卵個体も減少し、黄海での漁獲量も減るはずです。
さて、本当はどうなのか。答えは早晩でるでしょう。研究者としては早く知りたいのですが、知るのがとても怖い気もします。